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42.暗号の意味
 

 

 

その日、灰原哀は学校を終え、いつものように少年探偵団の面々と途中まで一緒に帰った後、1人商店街の本屋に立ち寄っていた。

組織に追われる身であることを充分に承知している彼女が、単独行動を取る事はほとんどないが、阿笠邸からそう離れていない 駅前の商店街は、彼女にとっては安全圏という認識があった。

書店の出入り口付近でファッション誌を少し立ち読みした後、少女はランドセルを背負ったまま、奥の専門書が並ぶコーナーへと進んでいく。

無論、彼女の研究に関わる専門的分野が並ぶエリアである。

小学1年生の女の子が入り浸るにはかなり不自然なコーナーだが、まるでお構いなしに彼女は本を物色していた。

そうして、しばらく。分厚い書籍が並ぶ本棚を見上げていた彼女の視線がふと止まる。

興味深いタイトルの文献を見つけたのだ。

だが、目的の本はおよそ彼女の手の届く高さにはなく、手に取る事は叶わない。

わざわざ店員を呼びつけるのも億劫で、彼女は諦めたようにその場から去ろうとした。

すると、突然彼女の背後から何の前触れもなくいきなり手が伸びて、例の本をすっと書棚から引き出す。

そして、それは少女の目の前に差し出された。

驚きのあまり、哀は背後を振り返る。

と、そこには彼女が良く知る人間と瓜二つの顔があった。

 

「相変わらず、難しそうな本に興味があるんだね?」

そう言って笑顔を見せるのは、学ラン姿の少年。

黒羽快斗である。

その正体を知る哀は、僅かに眉を寄せると何も言わずに踵を返す。

「あれ?この本が見たかったんじゃないの?」

そのまま本屋を出た哀の後を、学生の皮を被った怪盗はにこにこしながらついてくる。

商店街を通り過ぎ、住宅街の路地に入ってたところまで来て、さすがに少女も立ち止まった。

「何か用かしら?」

「いや、用があるのは君じゃないんだけどね。同じ方向なんで。」

「・・・・・・工藤君?」

「まぁね。こないだの北海道の件では名探偵にはお世話になったし。そういえば、お土産のチョコはおいしかった?」

 

それは、北海道である男性の死体が発見された案件のこと。

絞殺された男性が初代怪盗キッドの暗殺に一役買っているかもしれない人物だとキッドにほのめかされ、事の真相を確かめるべく、新一がわざわざ北海道まで足を運んだのは、哀の記憶にもまだ新しい。

ただ結果的にそれは自殺で、問題の人物も組織と関係があったかどうか断定ができずじまいだったことは、彼女も新一から聞いていた。

 

哀はそのグレーの瞳を細くする。

「・・・言っておくけど。死亡した男性について、私が貴方に話せる事は何もないわよ。」

「もちろん。十分承知してるよ。」

にっこりそう返した後で、「ところで」と快斗が付け足す。

「名探偵はあの暗号は解けたかな?」

少年が言う暗号が例の件の依頼料として新一に渡したものであることは、哀にも容易に見当がついた。

依頼料が怪盗キッドの暗号1つで片付いてしまっているのは、哀としても少々腑に落ちないところではあった。

が、本人が納得しているようなので敢えて触れずにいたのだが、その暗号の話を今、キッド自身が持ち出したとなると、ただの予告状ではなかったのか。

哀はそう思考を廻らせながら、興味のなさそうな顔をした。

「・・・そんなことは彼に直接、確認してくれる?」

「ま、実際、解読まではできてると思うんだけどね。」

何やら意味ありげな口振りをする怪盗に、哀は自分の予感が的中したことを確信する。

「・・・また彼に余計な事を吹き込みにきたのね?」

冷ややかにそう言い放ったが、学ラン姿の少年は悪びれもせずに ただ笑って見せるだけだった。

 

 

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「・・・何やってんだ?お前?!」

 

阿笠邸。

学校から帰宅したオレがいつもどおりそこを訪れた時、そう声を上げていた。

目に映る光景を思わず疑う。

そこにはリビングで灰原や博士と一緒にお茶しているキッドの姿があった。

いつものフザけた怪盗のコスチュームではなく制服姿のところを見ると、ヤツも学校帰りに立ち寄ったのか。

いや、この際、アイツの格好がどうとかいう問題ではなく。

怪盗キッドがここに普通に出入りしているということが問題だ。

潜在的に警戒の色を浮かべて、オレはヤツを見る。

しかし、向こうはにっこりと笑顔を見せて「こないだはどうも」と気安く片手を上げやがった。

「名探偵に用があったんだけど、まだ帰ってきてなかったみたいだからね。1人で名探偵の家で待ってるのも退屈だし、せっかくだからお隣にお邪魔させてもらっちゃったんだ。」

「・・・はぁ?!」

オレの家でお前が待ってたら、それは不法侵入だろうとツッコミたいところだが、ドロボウ相手に今更言う事でもない。

しかし灰原や博士にも正体が知れているにも関わらず、よくもずうずうしく出入りできるものだ。

警察に通報されるなんてまるで考えてなさそうなあたり、あつかましさも甚だしい。

溜息1つ、オレはソファで雑誌を読んでいる少女に目を向けた。

「・・・っていうか、灰原。よくコイツを家に上げたな。」

「別に。運悪く学校帰りに出食わして、そのまま彼が勝手について来ただけよ。」

紙面から顔を上げる事もなく、灰原が素っ気無く答える。

と、博士がポットを片手に苦笑しながら言った。

「まぁまぁ、新一のコーヒーも入れたから、座ったらどうじゃ?」

 

 

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そんなわけで、阿笠邸のリビングのテーブルに並んだコーヒーカップは4つ。

テーブルを挟んで、オレはキッドと向かい合う形で座った。

ヤツはオレの目の前で、博士が注ぎ足してくれたコーヒーに たっぷり砂糖とミルクを入れ始める。

そんな胸焼けしそうなシーンを見つつ、オレは重く息を吐いた。

「・・・で?一体オレに何の用だ?っていうか、オレもお前に聞きたい事があるんだけどな。」

すると、キッドは唇の端を持ち上げる。

「だと思ってね。とりあえず、先に聞いておくけど。こないだ渡した暗号文の解読はできた?」

「当然だ。」

オレは即答した。

例の北海道の件の依頼料として、キッドがオレに渡した暗号文。

お馴染みの白い封筒に入っていたそれを、オレは受け取った当初、ヤツのいつもどおりの予告状かと思っていた。

だが、実際、暗号を解読したところ、それは予告状ではなく。

長々と綴られた文面のほとんどは無関係で、たった一つの単語だけが浮かび上がった。

その単語が意味するものについて、オレなりに検討してはみたのだが。

オレは制服の内ポケットから手帳を取り出し、その白紙のページを一枚切り取って、そこにさらさらとアルファベットを書いた。

 

『Endimion』

 

キッドの方に向けて差し出すと、ヤツはニッコリした。

「ご名答。さすがは名探偵。今日来たのは、その暗号についての補足事項を伝えようと思ってね。」

テーブルにオレが提示した切れ端に、博士や灰原の視線も注目する。

と、カップをソーサーに戻した灰原が落ち着いた口調で語りだした。

「Endimion(エンディミオン)と言えば、ギリシャ神話の月の女神セレーネが恋をした羊飼いの青年の名前ね。確か神話では、神々の王ゼウスに永遠の若さと引き換えに永遠の眠りを与えられたんじゃなかったかしら?」

「ああ。その神話に由来して、エンディミオンは美の永続性の象徴だとか、不老不死を連想させるとも言われてる。」

オレがそう付け足すと、キッドも頷いてニヤリとする。

「なかなか思わせぶりな単語だろう?」

そのとおりだ。

そもそも“不老不死”というワードが出てくると、オレなりに思うところはあった。

キッドが追っているビッグジュエルのパンドラも、本当かどうか知らないが不老不死を与える魔石だと言われている。

エンディミオンもパンドラも同じギリシャ神話から来ていることから共通点はあるわけで、もしかしてキッドが次に狙うビッグジュエルの名前なのかとも思ったが、実際、そんな宝石はなかった。

では、パンドラや例の組織の関連項目の可能性はと、いろいろと調べてみたものの、これといって引っかかるものもなく、結局、オレにはエンディミオンという言葉を指し示したキッドの意図がわからずしまいだった。

 

「・・・で、これが何なんだ?」

オレが訊ねると、キッドはくせっ毛を軽く左手でかき上げて言った。

「いや、それが。実は、とある秘密結社・・・というか組織の名前らしくてね。」

「・・・秘密結社?」

オレは眉をつり上げた。

「そ。当然の事ながら秘密裏に活動している団体だから、表の世界からどんなに探しても見つからない。」

なるほど。オレがさらっと調べたくらいじゃ出てこないわけだ。

「何をしている団体なんだ?」

そう訊ねると、キッドはニヤリとしてから一呼吸置いて告げた。

「不老不死の研究。」

 

一瞬の沈黙。

キッドは構わず続けた。

「製薬会社や医療関係、化学工業関連、食品関連など様々な企業によって構成されている極秘の組織らしくてね。ちなみに出資者の一部には財界、政界の大物もいるっていう噂もあるけど。」

「何じゃと?!」

キッドの話には博士も目を丸くした。

しかし、博士の向かいに座る少女は冷静だった。

「あら、そんなに驚く話じゃないんじゃない?例えば化粧品だって、アンチエイジングを謳ってこぞって研究をしているわけだし、各企業が研究課題として取り組む内容としては、充分有り得る話だと思うけど。」

「そ、そりゃそうかもしれんが・・・。」

おどおどする博士をよそに、実はオレも灰原の意見には賛同だった。

不老不死が本当に実現できるかどうかはさておき、そういう研究を進めていても不思議はない。

医療や美容など企業が既に老化を防ごうとか、その進行度を弱めようという研究は今でも充分なされていることで、不老不死と言うのはその延長線上にある話だ。

しかも、その莫大な研究費用に対しての出資者にも頷ける。

万が一にも不老不死が実現した場合、それを実践したい人達というワケだ。

オレは一息ついた。

「・・・むしろ、リアリティが有り過ぎだけどな。で、お前はそのエンディミオンとやらに例の組織が加担しているんじゃないかと睨んでいるわけだ?」

「ま、そんなトコかな。不老不死とか、若返りとか結構、ヤツらと関わる重要なポイントだとオレは思うんだよね。」

それは言える。

過去、オレが直接、組織と接触を試みようと思った案件の中にも、不老不死に関わるものがあったのは事実だ。

すると、キッドが人の悪い笑みを浮かべて灰原を見た。

「実際、名探偵だって、組織の薬で幼児化なんて経験しているわけだし?ある意味、若返りの成功の例だと思うけど?」

「・・・・・・あれは。アポトーシスの偶発的な作用によるもので、意図して起こした結果ではないわ。」

目を伏せて言う灰原に、キッドはそれ以上は何も言わなかった。

灰原が組織で何を研究していたのか、詳しくはオレも知らない。

殺人のクスリを作っていたなどと知らなかったと語った彼女だが、もしかするとAPTX4869はもともとは不老不死の研究の過程で出来た薬品だったのかもしれなかった。

ま、あくまでも憶測でしかないが。

オレは、視線を灰原から目の前に座るキッドへ戻した。

「・・・で?そのエンディミオンに加わっているのは、具体的にどんな企業なんだ?」

「さぁ?」

あっさりと返すキッドに、オレは「は?」と目が点になる。

「もしこの話に興味があるなら、今後の調査は名探偵にお任せするよ。」

おいおい、何だ、その人任せな態度は。

「・・・お前な。何の手がかりもないこの状態で、どうしろって言うんだ?手当たり次第に関連企業を調べ上げろとでも言うのか?」

「それはまた、気が遠くなりそうな作業だね。」

人事のように笑うキッドに、オレは憤慨した。

「当たり前だ。一体、どれだけ企業があると思ってるんだ。」

「確かに、国内だけとも限らないしね?」

「・・・てめぇ、フザけんなよ?どうせならもうちょっと絞り込んで情報を持ってこい。」

「そう言われても。闇の世界でちょっと聞きかじった話だからね。別に調べてくれと頼んでいるわけじゃない。ただ、こういう話があるって伝えに来ただけ。」

キッドはスカしてそう微笑んでいるが、オレはそんなヤツをじとりと見据えた。

人が気になるようなネタを振っておいて、よくも言える。

こんな話を聞かされて、オレが黙っていられないのを充分知った上での行動のくせに。

イラ立つオレに対し、キッドはにっこり笑顔を作った。

「気になる?」

ならないわけがない。

「・・・お前は気にならねーのかよ?」

「そりゃあ、気にならないと言えばウソになるけど。これでも何かと忙しい身でね。残念ながら、そこまで手が回らないんだよ。」

「・・・・・・お前、オレがヒマだとでも?」

「とんでもない。日本警察の救世主を捕まえて、そんなことを言うワケないだろう?」

人の悪い笑いを浮かべる怪盗に、オレは唇を噛んだ。

するとキッドは席を立ちあがり、博士に「コーヒーをご馳走様でした」と一礼する。

どうやら話はこれで終わりで、帰るつもりらしい。

 

言いたいことだけ言って、とっとと部屋を出て行くキッドの背中を、オレは慌てて追った。

「おい!待てよ!キッドっ!」

と、玄関口でドアを開けたところでヤツが肩越しにオレを振り返る。

お馴染みの不敵な笑顔でだ。

「オレはとりあえず情報提供しただけだから、後は名探偵のお好きなように。」

「勝手な事ばっかり言いやがって。オレにどうしろって言うんだよ?」

「さぁ?気になるなら、どうにかしなよ。“名探偵”なんだろう?」

そんな捨て台詞を最後に、ドアは閉ざされた。

 

・・・のヤロウっっ!

舌打ち1つ、オレは閉ざされたドアの向こうを睨みつけるしかなかった。

 

 

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2007.11.17
 

 

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