例のオークションの一件から、2週間が過ぎた。
キッドが置き土産として残していったあの迷惑なパール・リングは博士に処理を任せたら、またよくわからない研究に再利用するとか言ってたっけ。
あれから、キッドは姿を現さない。
キッドと組織の繋がりも謎のままだ。
あの時、キッドは組織の奴らよりも先に手に入れたい宝石があると
言っていた。
なら、キッドの獲物はその宝石だけのはずなのに、奴は、組織自体を獲物だとも言った。
ここに謎の鍵がある気がしてならない。
そもそも、『怪盗キッド』の行為そのものからして、実は前々から
不思議に思っていた。
なぜ、わざと目立つような事をするのか、と。
今時、予告状を出すレトロな泥棒。
盗みも、ショー・パフォーマンスのように派手で鮮やか。
犯行はいつも自分の存在を明らかに誇示するように。
ただの愉快犯だとは思えなかった。何か、別の目的がある気がして。
もし、その目的が組織の奴らをおびき出すためだとしたら、
確かに説明がつく。
でも、何のために?
博士の家で毎度のことながら、夕食をご馳走になりながら
オレはそれとなく灰原に探りを入れてみた。
「なぁ、灰原。組織にいた頃、キッドの事、聞いた事あったか?」
灰原はふと箸を止めて、オレを見つめた。
その瞳には幾分、不信そうな色が伺えたけど。
まずったな。警戒させたか?
「・・・いいえ。なぜ?」
「あ、いや。キッドが狙ってる宝石を組織も追ってるらしくてさ。
もしかして、何か関係があるのかと思って。」
灰原の目が一層警戒心を帯びた眼差しになる。
「あなた、まさか組織の事、彼に話したの?!」
「そういうわけじゃねーよ。キッドが組織の事を知ってたんだ。
薬の事もお前の事ももちろん言ってないから、安心しろよ。」
「当り前だわ。どこから情報がもれるかわからないんだから。」
この話題はやはりすべきじゃなかったらしい。
組織の事となると、灰原の反応は過剰だ。
すっかり気分を害してしまったのか、灰原はその後
一言も口を聞いてくれなかった。
夕食を終えたオレが帰宅したのは、夜9時を少し回った頃。
いつもどおりシャワーを浴びて、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングの戸を開けると、目に飛び込んできた白い物体にオレは眉を吊り上げた。
「キ、キッド!!」
「よぉ、名探偵。」
リビングのソファに足を組んで深く腰掛けていたキッドは、
片手を軽く上げてオレに笑いかけた。
てめー!何なんだ!!その自分んちみたいなくつろぎ振りは!!
しかも、そこはオレの特等席だぞ!!どけ!!
「何しにきやがった!!」
オレはリビングの入り口に立ち尽くしたまま、目をむいてキッドを
睨んだ。けれど、キッドは相変わらず、すかした様子だ。
ちくしょー!気に入らねえ野郎だ、まったく。
そうだ!この間の話の続き!!
オレがそう思って口を開きかけた時、
ポン!!という何かが弾けるような音と共に、キッドの手のひらに
一枚のカードと赤いバラが現れた。
キッドはそのカードを自分の口元へ持っていき、軽くキスをした。
「今宵は先日のお礼に、こちらを届けに参上いたしました。」
まったく、どうしてこうも気障な言い回しをするんだ、コイツは。
「お前、その台詞口調やめろ。」
「えー!ひどいな。『怪盗キッド』の時は紳士でいくのが
オレのポリシーなのに。」
知るか、そんなこと!!
「それより、何だよ?それ、予告状か?」
オレはタオルを首にかけ、空いてる方のソファを陣取った。
キッドはカードを左手の人差し指の上でくるくる回転させながら、独特の笑みを浮かべる。
「特別に名探偵には先に見せてやろうかと思ってさ。」
オレはキッドの手からカードを奪おうとしたが、キッドは素早く
手を引いたので、残念ながらそれは空振りに終わった。
何だよ、もったいつけんじゃねーぞ!コラ!!
「ところで、オレを手当てしてくれたあのかわいいお嬢さんは一体何者なのかな?」
灰原のことだ!!
オレは一瞬固まってキッドを見据えると、
奴はすっと、その目を鋭くした。
「・・・医者じゃないことは確かだな。」
オレは、内心舌打ちしながら答えた。
キッドの奴、縫合したのが灰原だって気づいてやがるのか。
ほんとに麻酔が効いてなかったんだな。
「ふーん、そっちもいろいろと事情がありそうだ。」
キッドは面白そうに目を細めて笑い、カードを手にしたまま
音も無く立ち上がった。
「あ、おい・・・!そんなことより、こないだの話、まだ全部
終わってないぜ!!」
キッドがオレに背を向けたので、慌てて言葉を繋ぐ。
「悪いが、予定が詰まってるんでね。今日は失礼させてもらう。また会おうぜ、名探偵。
お前がその暗号を解いた後でな。」
キッドは振り向きざまにそれだけ言うと、突然おびただしいほどの煙が充満した。
え、煙幕?!
オレは若干煙を吸って、ゴホゴホとむせ返り、
ようやく、視界が開けた時にはもうキッドの姿はなかった。
リビングのテーブルにはアイツが残した真紅のバラと予告状が
置いてあった。
ちっ!
自分の言いたい事だけ言って、消えやがって!!
オレは、テーブルの上から乱暴にカードを取り上げると
中を開く前に、ハタと手を止めた。
キッドが動くと言う事は、組織の連中も動く可能性があるという事。
つまり、そういうことなのだ。
奴がこの予告状をわざわざオレに届けてくれたのは、組織との接触のチャンスをくれたってわけか。
ということは、これからずっとキッドをマークしてればいーんじゃねえか。
奴が狙う宝石を組織も狙ってるんだもんな。
なんて、一瞬組織に近づく足がかりができて喜びかけたオレだったがまてよ、そうすると、ずっとアイツと関わるってことなのか?
オレは頭を抱え込みたくなった。
その晩、オレはキッドの難解な予告状の解読に予想以上に手間取り、結局眠りについたのは明け方近かった。
そして、翌朝、寝不足で目をこすりながら朝食を取っていたところになじみの警部から悲痛な声で電話が入った。
聞いてみれば、思ったとおりキッドの予告の件。
おそらく、昨夜奴はここに立ち寄った後、その足で警視庁まで予告状を出しに行ったんだろう。
オレが今回の依頼をふたつ返事で引き受けたのは、言うまでもない。
その後、警視庁でキッドの予告状を見せてもらうや否や、
即効に暗号解読をしてみせたオレに、警部達は頼もしいとばかり感嘆の声をあげた。
悪いね、警部。
いくらオレでも、この暗号をものの数分で解読なんかできねーよ。昨夜、一晩、寝ずに考えたんだぜ?
けれど、まさかキッド本人から、警察よりも一足先に
直にもらってたなんて、口が裂けても言えるわけがなかった。
新シリーズ突入!!
さて、どうなることやら?