意識が戻ると、オレは一人、床の上に寝ていた。
グレーの天井には、いくつものパイプが張り巡らされていて、
ぼんやりとモーターの音が聞こえる。
・・・どこだ?ここは。
ぼぅっとした気分で、薄暗い部屋の中を見回してる内に
みるみる先程までの記憶が覚醒してきて、オレは一気に飛び起きた。
瞬間、頭から背中に激しい痛みが走る。
オレは思わずぎゅっと目をつぶり、歯を噛み締めずにはいられなかった。
ちっくしょう!痛ってぇ!!
痛みでガンガンする頭で、再度、部屋を見渡す。
一箇所だけある小さな丸い窓から外を覗くと、真っ黒な海が見えた。
どうやら船の中らしい。
まだ、動いていない。と、いうことは、ここはどこかの埠頭なのだろうか?
僅かだが、床がゆらゆら揺れているから、ごりっぱな船ではないだろう。
おそらくは、中型の貨物船か、何か。
両手は、体の後ろで細いロープによって縛られている。
けど、幸いな事に、足は自由だ。
オレは立ち上がってドアのそばへ行き、蹴り倒せるかどうか見てみた。
が、重い鉄製のドアでは、ちょっとムリだ。
くっそー!
オレはドアからの脱出を諦めて、仕方なく部屋の隅に腰を下ろした。
そういや、キッドの奴はどうしたんだろう?
オレは、あの屋上で別れたきり見ていない気障な怪盗のことを思い出した。
状況から考えると捕まってはいないようだけど、あの現場にはいなかったし。
もしかして、撃たれて動けないほど重傷・・・とか・・・?
一瞬、嫌な考えが頭をよぎった。
が、すぐそれを否定する。
・・・まさかね。アイツがそう簡単に死ぬわけはないだろう。
そうだ。だいたい何でオレがあんな奴の事を心配してやらなくちゃいけないんだ!
し、心配?!
してねーぞ、心配なんて!!
オレは慌てて頭を切り替える。
オレを殴り飛ばした奴らは、例の黒の組織の連中なんだろうか。
確かに黒づくめの格好だったけど。
でも、オレのことを知らなかった。
ということは、例の組織ではないのか?
・・・いや。
ジンやウォッカはオレと直接関わったから、オレのことを知っているのは当然だけど、
他の奴らが全員、オレの事を知っているとは限らない。
組織の規模が大きければ、それは充分ありえることだ。
まだ、奴らが例の組織であるという可能性を全て捨て去るには、早すぎるか。
まぁ何はともあれ、とりあえずはここから逃げ出さねーと・・・。
オレは、縛られて自由に動かない両手を無理に動かして、結び目を確認する。
よし!
この程度の縄抜けなら、実は出来るんだよね。
最初がちょっと痛いんだけどさ。
そう思って両手に力を入れる。
瞬間、手首に縄が喰い込みそうなくらい激痛が走るが、それは本当に一瞬の事で
次にはハラリ、とロープが緩んで、床に落ちた。
うまくいった!
と、突然、入り口の方で人の声がして、ガチャ、と鍵を開けることが響き渡った。
やばい!!
オレは慌ててロープを拾い、2,3回輪にして両手を通し、縛られているフリをした。
直後、ドアが開かれ、男が二人入ってきた。
一人はオレが蹴り倒した男で、もう一人は逆にオレを打ちのめしてくれた男だった。
この野郎・・・!さっきはよくも。
オレは男達を睨み付けた。
「気がついたか?小僧・・・。」
オレを打ちのめした方の男がそう言って、嫌な笑いを浮かべた。
後ろにいた男は、オレが蹴り飛ばしたところが痛いのか、首を左右に傾げている。
そしてオレと目が合ったとたん、すごい勢いで掴みかかってきた。
振り上げられた拳に、オレが殴られると、思わず目を伏せた時、
もう一人の男がそれを制した。
「落ち着け!仕返しをしたいなら、後でたっぷり時間をくれてやる。
だが今は、コイツを吐かせる方が先だ。お前は外で見張りでもしてろ!」
男は渋々オレから手を離すと、ドアの向こうに消えた。
お!一人出てったぞ!
敵が一人になってくれたのは、ラッキーだけど、何で残るのがコイツなんだよ・・・?
ちっくしょー!コイツじゃなくて、さっき出てった方の奴なら、
すぐにでも蹴り倒せたかもしれないのに。
コイツにはさっき、オレの蹴りが通用しなかったからなー・・・。
迂闊に攻撃する事はできないぞ。
「・・・オレをどうする気だ?」
オレは座ったまま、一人、部屋に残った男を見やった。
「まぁ、そうイキがるなよ、小僧?少し話をしようじゃないか。」
・・・話?!オレが目を丸くしていると、男は続けた。
「お前、本当はやはりキッドの仲間なんじゃないのか?」
・・・なんでそーなるんだよ?くそ!
オレは男の質問にげんなりしながら答えた。
「・・・仲間なんかじゃねーよ。」
オレのその答えを、解せないという顔でしばらく男は考え込んで、次の質問をした。
「では、どういう関係なんだ?あの場に居合わせた説明をしてもらおうか。」
ど、どういう関係って・・・言われても・・・。
怪盗と探偵・・・ってただそれだけなんだけど。
仕方ねーな。オレが探偵であることを明かすしかねーか。
「オレは探偵なんだ。依頼を受けてキッドを追ってたんだよ。
『TRUE BLUE』を守るためにね。」
すると男は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま肩を震わせて笑いやがった。
「こいつはいい。こんな小僧が探偵気取りか!
まぁ、お前がキッドの仲間でなくて本当に残念だがな。奴には『パンドラ』のことを
確かめたかったのだが・・・。」
『パンドラ』?
そうだ!!こいつ等何で、『TRUE BLUE』のことを『パンドラ』って言うんだ?
「おい!『パンドラ』って何だよ?あれは『TRUE BLUE』じゃないのか?」
「あの石は確かに『TRUE BLUE』」だが、同時に『パンドラ』かもしれないのさ。
こちらとしてもそれを確かめてからでないと、値がつけられなくてね。
困っていたところなんだよ。」
『パンドラ』かもしれないだと?
確かめるって・・・・。どうやって確かめるんだ?
それを確かめる方法をキッドが知っているっていうのか?
オレは後から後から、気になることが頭に浮かんできたけど
とりあえずは、一番の疑問点を聞いてみる事にした。
「 『パンドラ』ってそもそも何なんだよ?」
「知らん。」
はぁ?!
男が、あまりにもあっさりと即答したので、オレは思わず口がぽかんと開いてしまった。
「え?じゃあ、あんたたちはどうして『パンドラ』を狙ったんだよ?」
「『パンドラ』を手に入れたいという組織に高値で売りつけるためにね。」
え・・・。
それじゃあ、こいつ等はあの宝石を別の組織に売るっていうのか?
その組織って・・・?それが黒の組織なんだろうか?
オレは男から視線をそらして考え込んでいると、男がゆっくりと近づいてきた。
オレがはっとして、顔を上げると男は手を伸ばし、オレの顎を掴んだ。
「別にあの石が『パンドラ』じゃなくても、かまわないさ。
どっちにしろ高価な代物であることには、かわりないからな。
それに、今回はこんなお土産もあることだし。」
男は目を細め、オレを嘗めまわすように見ると、低く笑った。
オレは挑むようにきつく睨み返した。
てめー、オレをどうする気だ?!
「ふん。なかなか反抗的でいい目をする。オレはその目が気に入ったんだが、
よく見ると、男にしてはきれいな顔をしてるじゃないか。」
そりゃ、どーも。 これでも一応、女優の子供なんでね。
「これは高く売れそうだ。」
・・・なっ!!なんだと!?
言うなり、男はオレの肩に手をかけると、そのまま力任せに押し倒した。
オレは、床にしこたま背中を打ち付けて、低くうめいた。
その隙に男は、そのままオレが起き上がれないように、のしかかってきた。
・・・ってっめー!!何しやがる!!
オレはとっさに男を蹴りはらおうとしたが、距離が近すぎてかなわない。
ならば、と、思って縛られたフリをしているロープを解いて、殴り飛ばしてやろうと
体の後ろに回っている手を引き抜こうとしたが、コイツが体重をかけてオレの上に
覆い被さってるせいで、手も抜けなかった。
「・・・っつ!どけ・・よ!!この野郎!!」
おかげで抵抗らしい抵抗もできず、オレはただ男を睨みつけるしかなかった。
当然奴はびくともせず、そんなオレの様子をいやらしい笑みを浮かべて
見下ろしていた。
そしてそのまま胸元に手を回すと、オレのシャツを左右に引き裂いた。
勢い良くボタンが飛び散り、床の上に弾ける硬い音が響いた。
男の荒い息が近づいて、オレは嫌悪のあまり、全身に鳥肌が立つ。
てめぇ・・・それ以上オレに触れてみろ、ただじゃすまねーぞ!!
オレは悔しさのあまり、血が出そうなくらい唇を噛み締める。
くっそう!冗談じゃねー!こんな奴に好き勝手やられてたまるか!!
オレは再び暴れようとしたが、がっちりと男にのしかかられていて、てんでだめ。
どうしても動けない。
オレは、目を上げて男の顔を仰いだ。
男はギラギラした目で、オレを見ている。
嫌だ、やめろ!絶対に嫌だ!!
でも、動けない!!どうする?!
そう考えながらオレは男を睨みつけていて、そしてふっと思った。
この体勢がオーバーヘッド・キックのインパクトの瞬間に似ている事を。
その瞬間、オレの体中を電気のように希望が走り抜けた。
こいつには正面からの蹴りは見切られてるけど、後ろからなら・・・!!
イケるかもしれない!!
オレはそぉっと腰を前に出して、男の体との間に距離を取った。
そして、男にそれと気づかれないように、声をかける。
「・・・わかったよ。お前の好きにしろよ。けど、その前に一つ教えてほしーんだけど。」
男はオレが観念したと思ったのか、満足そうな笑みを浮かべ、
オレに質問の続きを促した。
「お前らがオレを売ろうとしてる組織ってどこなんだ?」
すると、男はふんと鼻で笑って答えた。
「なるほど。確かにどこへ連れて行かれるか、わからなきゃ不安だろうな。
お前はな、このままこの船で中国へ行くんだよ。
オレたちが取引してるのは、黒龍なのさ。オレたちはそいつらに
金で雇われた何でも屋なんでね。」
黒龍・・・って聞いた事あるぞ。
確か、上海マフィアの一派じゃなかったっけ?
そういや、最近日本の暴力団やらを使って、いろいろやらかしていたような・・・。
と、いうことは、つまり・・・。
黒の組織とは関係ないか。
よし。それだけわかれば上出来だ。
オレは男に向かって、挑戦的な眼差しのまま笑い返してやった。
男が不審そうに首を傾げた瞬間、オレは両腕に力を入れて、自分の体重を支え
思い切り勢いをつけて右足を振り上げ、男の後頭部を蹴りつけた。
ガキっと鈍い音がして、男は低い悲鳴を上げ、そのままオレの上に倒れこんできた。
うわ!
オレはとっさに体をずらして男の下敷きになるのをなんとか免れた。
オレは自分の両手を自由にし、そのロープで倒れている男の腕をきつく縛り上げた。
とりあえずは冷や汗を拭って、一息入れる。
ふぅ・・・。
なんとか、助かった・・・。
オレは、乱れた衣服を整えた。
が、ボタンが弾け飛んだシャツはどうにもならず、だらしがなく前が開いたままになった。
オレは舌打ちをしながら、床に飛び散ったボタンを拾った。
さて。
早いトコ、この男が気が付かないうちにここから逃げだねーと。
オレは倒れたままの男を振り返りながら、ズボンのポケットを探る。
お!変声機は無事か!!
確か、入り口に見張りは一人なはず。
よし!やるか!!
オレはドアの左側に立ち、倒れた男の声に変声機を合わせた。
囚われの新一様危機一髪編。
いやぁ、うちの新一様はやはり大人しくヤラれちゃうようなタマじゃありません。
一人でも、ちゃんと戦えないとね、男の子だし。
さて、キッドの行方がきになりますが、次回へ続く・・・
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