怪盗キッドの今回の獲物である、インド最大のサファイア『TRUE BLUE』。
宝石を手に入れたキッドは何者かに狙撃され、行方不明。
そしてオレは、その宝石とともに怪しげな奴らに拉致されてしまった。
なんとか自力で脱出し、『TRUE BLUE』を取り戻そうと動き始めたところに
なんと、ばっちり敵の姿に変装したキッドが現れた。
撃たれてケガをしたのではと、少しでも気にかけてやった自分が果てしなく愚かに思えるほど
奴の態度は腹立たしかった。
毎度毎度のことだけど、ほんとにムカツク奴!
が、しかし。
奴らから、『TRUE BLUE』を奪い返そうとしているのはキッドも同じであって、
ということは、当然向かうべくところも一緒なわけで。
オレは不本意ながらも、キッドと行動をともにする形になってしまった。
でも、別に共同戦線なんて張った覚えなんてない。
『TRUE BLUE』だって、オレ自身のために取り戻すのであって、
間違っても、キッドのためなんかじゃない。
当り前だ!誰が泥棒の片棒なんて担ぐか!!
・・・にしても、コイツ、よくこんな変装を準備できたもんだな。
ずいぶんと用意周到なことで・・・。
そりゃ、変装は怪盗キッドの十八番だと言うけどさ。
自分の前を行く男のそのごつごつした背中に月の光が反射する。
オレはその背中を見ながら、ずっと疑問だった事を問い掛けた。
「おい、キッド。『パンドラ』って一体何なんだ?説明しろ。」
オレのその問いに、キッドはハタと足を止めてゆっくりと振り返る。
その顔は何の感情も読み取れないほど無表情で、オレは一瞬キッドが怒っているのかと思ってしまった。
が、ここで引き下がるわけにもいかないので、とりあえずオレ自身が今、どこまでわかっているかを
話す事にした。
「お前が手に入れたい宝石って『パンドラ』なんだろ?
『TRUE BLUE』を狙ったのだって、それが『パンドラ』である可能性があったからだ。
連中もそれを見越して『TRUE BLUE』を奪った。
でも、奴らはそれが『パンドラ』であるか確かる術を知らないぜ?値がつけられなくて困っていたからな。
キッド、お前は知っているんだろう?その方法も・・・。」
男の仮面を被ったままのキッドは、オレの話を聞いている間、絶えず無表情でまるで能面のようだった。
「・・・月・・・。月が関係してるんだろ?」
オレのその言葉に、キッドは僅かに目を細めた。
そして薄く笑いを浮かべると、オレの目をじっと見据えて口を開いた。
「・・・『パンドラ』はね、魔法の石なんだよ。」
そう答えたキッドの笑みがいつになく妖艶で、オレは一瞬、息をのんだ。
「ま、魔法の石って・・・一体それは・・・」
「永遠を手に入れる事ができるんだとさ。」
オレは目を大きく見開いた。
永遠だって?!そんなバカな!!
じゃあ、『パンドラ』を手に入れたものは不老不死になるとでも言うのか。
「・・・そんな話・・・信じられない。」
「だろうね。」
「お前は信じているのか?」
「・・・さぁ。オレだって試したわけじゃないからね。」
キッドはそれだけ言って意味深な笑いを浮かべると、再び前を向き進みだした。
オレは、すぐには動き出せず、しばらくそこに立ち尽くしてしまった。
永遠を手に入れられる宝石?!
そんな・・・ものが本当に存在するのか?
・・・でも、もしあるとしたら。だからこそ、組織の奴らが狙うのか?
人間の細胞を後退化させる薬が化学的に生み出されてしまうような世の中だ。
もしかして、不老不死なんてものも実は夢物語ではないのかもしれない・・・。
だが、そう容易くは信じられない。
この目で確かめるまでは。
オレは、少し離れてしまったキッドとの距離を詰めるため、足を急がせた。
船内の中心部に近づくと、船室の一つから人の気配を感じた。
キッドの足もそこで止まる。
オレは、入り口のドアを挟んでキッドと左右に別れ、扉についている小窓から中の奴らに気づかれないよう
充分注意しながら、様子を窺がった。
部屋の中には、いかにもガラの悪いそうな男達が11人ほど。
いずれも銃を所持している。
あ! 『TRUE BLUE』 だ!!
リーダー格の男が蒼い宝石を片手になにやら、全員に話している。
さすがに話の内容までは聞こえないけど。
さて、どうしたもんかな・・・?
あれだけの人数を一気に倒すのは、ちょっと厳しいか・・・。
・・・ん?
ふと視線を感じて横を見ると、キッドがオレをじっと見つめていた。
・・・なんだよ?
ああ、お前は変装してんだから、なんとかうまいこと潜り込んで奴らの隙とか作ってこいよ。
そう思って睨み返すと、何を思ったか、キッドは嫌な笑いを浮かべた。
!!イヤな予感!!
すると、キッドはオレの左手首をグイと掴んで、力任せに引き寄せた。
わわっ!!
突然のことにオレはバランスを保てず、キッドの胸へ倒れこむ形となった。
奴の胸にぶつかると思った瞬間、今度はつかまれた左手首を逆さに捻り挙げられ、
オレの体は反転した。
痛ッ!!!
あらぬ方向へ捻りこまれた左手首が悲鳴をあげる。おかげで身動きがとれない。
かろうじて動く首を後ろへ回し、オレは背中越しのキッドを睨んだ。
「何しやがる!!テメー!」
けれどキッドは何も言わず、唇だけでふっと笑った。
そして何を思ったか、オレを押さえ込んだまま、連中がいる部屋のドアを勢い良く開け放った。
バン!!と、派手な音を立ててドアが開く。
瞬間、連中の中に緊張が走り、一斉に銃口が体勢的にキッドの前にいるオレへと向けられた。
げ!!撃つな!!
すると、リーダー格の男がオレの後ろにいる仲間のうちの1人にうまく化けたキッドに気づいて
声をかけた。
「何だ!いきなり。びっくりさせるんじゃねえ!!」
多少イラついた様子が見て取れる。
するとキッドはゆっくりと口を開いた。もちろんしっかり男の声で。
「コイツ、やっぱりキッドの仲間だったぜ?すべて吐きやがった。」
なっにぃ〜!?何言い出してんだ!!
キッドのその言葉に連中たちの目が見開かれる。
とたん、今まで掴まれていた左手首がフッと離された。
オレはじんじんするその手首をさすりながらキッドを睨んだが、奴はそんなオレに見向きもせず
リーダー格の男の方へまっすぐ歩み寄っていった。
そしてキッドは男に、『パンドラ』を自分に渡すよう、促す。
「そうか。これが『パンドラ』かどうか、確かめる方法がわかったんだな?」
男は何の迷いも無く、キッドの手に『TRUE BLUE』を渡した。
キッドはその様子に満足そうにニヤリと笑う。
そして部屋の中央からゆっくりと月明かりのさす窓の方へ進み、オレや男達を振り返った。
オレ達はキッドの行動に注目する。
キッドはそれを確かめてから、口を開いた。
「古くからの言い伝えにこうある。《命の石を満月に捧げよ・・・さすれば涙を流さん》と。
そしてその涙を飲んだ者は、永遠の時を得られるという。」
キッドのその「永遠の時」という言葉を聞いて、男達がざわめく。
「ふ、不老不死だと?!それが『パンドラ』の秘密だったのか!!
それで、どうやったらそれを見分ける事が出来るんだ?!」
落ち着きの無くなった男達を、お静かに、と制してキッドはふっと笑う。
「・・・簡単ですよ。もしこれがその力を秘めた石なら、こうやって月にかざせば中に眠っている
もう一つの宝石が赤く光りだす・・・。命の石『パンドラ』がね。」
そういって、キッドは『TRUE BLUE』を月にかざした。
しばしの沈黙が流れる。
「ど、どうなんだ?!それは『パンドラ』なのか?!」
リーダー格の男がキッドに詰め寄ると、キッドは不敵な笑みを浮かべる。
「・・・残念ですが、これは『パンドラ』ではないようです。
ですが、あなた方には過ぎた宝石だ。これはきちんとあるべきところに返させていただきます。」
それはもはや男の声ではなく、まぎれもなくキッド自信の声だった。
その変貌ぶりに男達は驚きを隠せない。
「き、貴様、まさか・・・・!!」
すると、ポン!!という軽い音とともに、煙が一瞬キッドの姿を隠す。
そして次の瞬間そこに現れたのは、白い怪盗だった。
「怪盗キッド!!貴様、生きていたのか?!」
突然のキッドの登場に、男達は騒然とし、オレはその隙を見逃さなかった。
右足を勢い良くくりだし、そばにいた二人の男を同時に蹴り倒す。
キッドへ向けてリーダー格の男が発砲するが、キッドはそれを難なくかわし
胸元から取り出したトランプ銃で応戦する。
どんな仕掛けがあるのか知らないが、男の足元近くにカードを打ち込むと、そのカードから煙があがり男は目を押さえて屈みこんだ。
オレはというと特に武器があるわけではないので、肉弾戦のみ。
銃を向けられる前に、なんとか倒さないと!!
すばやく、残りの男達の方へ回りこむ。
同時にやるのは、3人が限界だよな〜。
体を反転させ、右左と足を交互に繰り出して、男達に反撃の隙を与える間もなく攻撃をしかけた。
一気になんとか5人まで倒したところで、後方に殺気を感じて振り返った。
すると、男の1人が目をギラつかせて、銃を構えていた。
!やば・・・!!撃たれる!!
そう思った瞬間、シュンっと音を立ててどこからともなく飛んできたトランプカードによって
男の銃は奴の手から弾けとんだ。
丸腰になった男を遠慮なくオレは蹴り倒させてもらった。
背中越しに感じる気配にオレは振り返る。そこにはもう見慣れた不敵な笑みを浮かべたキッド。
「礼は言わねーぞ!」
「素直じゃないね、名探偵!」
オレ達は背中合わせのまま会話する。
そんなオレ達に残りの連中が同時に銃口を向けた。
「そこまでだ!!嘗めたマネしやがって!!お前らぶち殺してやる!!」
ちっ!!
ぎりっと歯を食いしばって、オレは男達を睨みつける。
キッドはというと、この状況にもまったく動じず、ひょうひょうとしていた。
そしておもむろに胸元に手を突っ込む。
男達はまた何か武器でも出すのかと一斉に警戒するが、キッドが手にしたのはなんてことのないピンポン球だった。
男達がそんなキッドの様子を不審がっていると、キッドはおもしろそうな笑みを浮かべて
その玉を船室の低い天井めがけて打ち付けた。
直後、おびただしい煙が充満する。
な、何だ?!煙幕か?!
オレは部屋中満たす煙にややむせ返って咳こんだ。
すると、背後から声をかけられる。
「名探偵、これあんまり吸い込まない方がいいぜ。即効性の催眠ガスだからな!」
ごほっ!!
なんだと〜!!てめー、そういうことは先に言え!!
オレ達は煙に巻かれた男達を残して、すばやくその部屋を脱出した。
キッドの催眠ガスの威力はほんとに大したもので、奴らは1人残らず夢の中だった。
オレ達はとりあえず船の甲板まで出て、外の新鮮な空気を吸った。
月はだいぶ傾き、夜明けが近い事を示していた。
安堵の溜息をもらしながら、オレはキッドを見やる。
・・・ったく、こいつのおかげで今夜はさんざんな目にあったな・・・。
すると、キッドはオレの視線に笑顔で応え、胸元から『TRUE BLUE』を取り出すと
こっちへ投げてよこした。
「お返ししますよ、名探偵。それは私の求める石ではなかったのでね。」
オレは右手にずっしりと重いその蒼い宝石の存在を確かめた。
すると、遠くの方でパトカーのサイレンが聞こえる。
ああ、やっと来たか。
そう。実はさっき奴らの携帯を拝借して目暮警部を呼んでおいたんだよね。
キッドの耳にもそれは届いたらしく、オレへ向けて苦笑する。
「まったく、侮れないね、名探偵。もう少しゆっくり休憩させてくれよ?
オレ、グライダー壊れちゃって飛べないんだぜ?
こんな重労働した後に、走って逃げろっていうのかよ、ひでーな。」
・・・てめー、どの口で言ってやがる。
このオレにさんざんひどい仕打ちをしたくせに!
相変わらずな自分勝手ぶりに、オレは多大に呆れた視線を送った。
「なんなら、オレと一緒にパトカー乗ってくか?そのまま監獄まで送ってくれるぜ?」
たっぷりと嫌味をこめて、そう言ってやると、奴は肩を竦めて見せる。
「遠慮しとくよ。オレはまだ捕まるわけにはいかないんでね。」
キッドはいつもの不敵な笑みを浮かべていたけれど、その瞳には何かとてつもなく強い決意が
秘められているような気がした。
キッドは何故、『パンドラ』を追うんだろう?
コイツが不老不死を望んでいるとは思えない。
『パンドラ』と、黒の組織と、キッドにはどんなつながりがあるんだろう?
「・・・キッド、お前一体・・・」
オレがそう言い出したとたん、キッドは音も無くすっと白いシルクに覆われた手をオレの顔の前にかざす。
オレの顔に触れるか、触れないかの距離に差し出されたその手にオレは驚いて
あとの言葉を飲み込んだ。
な、なんだよ?
オレは上目使いにキッドを見やる。
「・・・余計な詮索はするな。」
低い声でそう言ったキッドの瞳はいついなく鋭く、オレは射すくめられたようにその場を動けなかった。
「・・・な!何でそんな風に・・・」
オレがそう言いかけた時、カチっという音とともに目もくらむ閃光にオレは視界を奪われた。
そして再び視力を取り戻した時には、キッドの姿は消えていたのだった。
程なくして、警察が到着する。
無事『TRUE BLUE』は保護され、船の中で眠らされたままの男達もあえなく全員逮捕された。
「いやぁ、工藤君、お手柄だったな。疲れているとは思うがこのまま署まで来てもらってもいいかな?
くわしい事情を聞かせてもらいたいのでね。」
「・・・ええ、いいですよ。」
オレがパトカーに乗り込んだのは、もう既に空が明るくなりだした頃だった。
こうして、毎度のことながら、怪盗キッドの逮捕までには至らなかったが
とりあえず『TRUE BLUE』を死守できた事でこの事件は解決したのである。
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「TRUE BLUE」編、これにて完結。
さぁ、次はどんな事件だ?
って、そろそろ二人の仲を進展させるようなお話を書きたいなぁ・・・?
2001.06.02