開け放った窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、日の光が時折部屋に差し込んだ。
その眩しさにオレはほんの少しだけ目を開けるが、すぐにまた閉じて
薄い綿毛布を頭まで被る。
たぶんもう昼頃なんだろうけど。
昨夜はなんだかんだと調べ物をしていて、眠りについたのは明け方近かったので
まだまだ起きる気などない。
再び眠りに落ちようとしたオレを、ふと携帯電話の着信音が現実へ引き戻した。
つまらない用ならシカトしてやろうと、ディスプレイに表示された相手の名前を確認すると
出ないわけにはいかなかった。
高木刑事である。
「・・・はい?」
寝起きバレバレの掠れた声で電話に出ると、受話器の向こうから相変わらず
人の良さそうな声が聞こえた。
賑やかな雑踏からかけているのか、少々雑音混じりだが。
『あ、工藤君?高木だけど。お休み中のところ悪いんだけど、今、大丈夫かな?
ちょっとお力を借りたいんだけど・・・。』
高木刑事の言う『お休み中のところ』というのは、今が夏休み中だからなのか、
それともやっぱりオレが今まで寝てたことがバレていて、その事を指しているのか。
まぁ、どっちでもいいけどね。
とりあえず、オレは用件を聞いた。
「・・・わかりました。じゃあすぐに支度をしてそちらに向かいますので。
ああ、大丈夫ですよ。大通りでタクシーを拾いますから。・・・はい、じゃあ後ほど・・・。」
電話を切ると、オレは大きな欠伸を一つしてベットから立ち上がった。
少し寝癖がついてしまった髪を軽くかきあげて、そのまま部屋を出てバスルームへ
向かう。
ランドリー・ボックスの中にパジャマの上着を脱ぎ捨てて、ふと壁に取り付けられてある
大きな鏡に映った自分の姿に目をやった。
・・・よし。もうだいぶ目立たなくなったな。
首筋に手をあてて、オレは注意深く鏡を覗き込んだ。
今はもうそれとは気づかない程度に、薄い痣が残っているだけだが、
先日まではくっきりとビスク・ドールに首を締められた跡がついていた。
幸い、こういったことには目ざとい隣人の少女とは、ここ何日か会う事がなかったので
うまくバレずに済んだのだが。
灰原に見つかったら、また何を言われるか、わかったもんじゃないからな。
オレは溜息をつきながら、再度首筋を確認する。
もうこれなら着る物に気を使わなくても大丈夫だろう。
あと何日かすれば、こんな痣は完全に消えるはずだ。
それでも。
今でもはっきり憶えている。
アイツに首を締められたあの感触だけが、やけに生々しく残っている。
ビスク・ドールの冷たく光るあのガラス玉のような眼を思い出して、オレは身震いした。
・・・あれから、何の音沙汰もないけど。
油断はできないよな。
・・・そういや、キッドの奴は大丈夫なんだろうか?
オレは例の予告日以来、めっきり姿を現さない白い怪盗のことを考えながら、
シャワーのコックを捻った。
* * * * * * * *
「いやぁ、本当に助かったよ。容疑者候補を3人まで絞り込めたのはよかったんだけど、
決定的な証拠が見当たらなくてね。どうしようかと思ってたんだ。
けど、やっぱり工藤君は目の付け所がちがうなぁ。」
事件を無事解決し終えて、オレは家まで車で送ってくれるという高木刑事と一緒に
車が置いてある駐車場へと歩いていた。
道々、今日の事件のトリックの真相を高木刑事がくわしく聞きたがったので、
丁寧に教えながら。
「じゃあ、工藤君は最初から彼が犯人だって気づいてたんだ!」
「ええ。彼の言動には不審な点がありましたからね。」
「な〜るほど・・・。・・・っと、電話だ。」
ふと鳴り出した携帯を素早く取り出した高木刑事は、しばらく相手の用件を無言で
聞いていたが、みるみるうちに嫌そうな表情へと変わっていった。
「えぇ〜!!オレが行くんですか?それって生活安全課の仕事でしょ?
何でオレが・・・。はい、わかりましたよ、行きます。わかってますって!!」
ちぇっ!と舌打ちしながら電話を切る高木刑事の顔を、オレは覗き込んだ。
「どうかしたんですか?」
「・・・ごめん、工藤君。送ってあげられなくなっちゃったよ。
この付近で、若い連中が騒いでるらしくて、そっちを様子見に行けってさ。
・・・ったく、下っ端だと思ってこき使ってくれちゃって・・・・。」
オレは高木刑事の言葉に苦笑しながらも、別に送ってもらえなくても一向に
構わなかったので、彼にすぐ現場へ行ってもらうように促す。
何度もすまなさそうに謝る高木刑事に、オレは笑顔で手を振って別れた。
さて、どうやって帰ろうかな。
時刻はまだ夜の7時をちょっと回った程度。
電車でも充分帰れるけど・・・。駅までの道のりを考えて、オレはそれを却下した。
やっぱ、表通りへ出てタクシーを拾うか。
そう思いながら、賑やかな通りの方を目指して歩いていた。
そのとき、足音がけたたましく石畳の上に響いて近づいて来、路地からオレの前に
1人の男が飛び出して、助けてくれと叫んだ。
「おかしな連中がナイフを持って暴れてるんだ!!皆が殺される!!」
オレは驚いて足を止め、まじまじとその男を見つめた。
すると男の言っている事は、どうやらウソではないらしく、服のあちこちに血痕が
ついていた。
「早く来てくれ!!俺が案内するから!!さぁ、早く!」
腕を引っ張られてオレは、走り出しながら携帯を取り出した。
まだ高木刑事はそう遠くへは行っていないはず。
とりあえず、現状だけでも報告しておこうと番号をプッシュしたが、電波が届かない旨の
アナウンスが流れるだけで、連絡はつかなかった。
ち!仕方ねーか。
電話はまた後で入れることにしよう。
オレは高木刑事への連絡は諦めて、再び携帯をポケットに突っ込んだ。
その男について薄暗く人通りのほとんど無い角を曲がって路地に入ると、
血の匂いがムッと鼻をついた。
細い通りには割れたガラスが散乱し、そこに血だらけの男が1人倒れていた。
オレは歩み寄って肩を掴んで抱き起こすと、喉もとに深々とナイフが突き刺さって
いるのが見えて、思わず背中がゾクリとした。
息は無い。
すでに男はこと切れていた。
すると脇で、ここまでオレを連れてきた男がちょっと笑った。
「これじゃあ、あっという間に即死だな。苦しまずに済んだだけでも幸せだったか。」
その怪しい言動にオレが眉を寄せたその瞬間、細い路地に面した建物の中から
大きな悲鳴が上がる。
オレは急いで声がした方の建物の中へ飛び込んだ。
あけっぱなしになったドアのその中では、5人ほどの男達が酒をあおっていた。
部屋のいたる所が血まみれで、その血の海の中にナイフでずたずたに切り裂かれた
男の体が横たわっていた。
そのあまりの惨状に、オレは全身の血が音を立てて頭へと逆流するのを感じながら
叫んだ。
「何だよ!?これは!!!」
その声に、いっせいに男達がこっちを振り返り、淀んだ目でオレを見てニヤリと笑った。
その時、オレは思った。
こいつ等、尋常じゃない・・・!!何かクスリでもやってるのか?!
「一番の獲物がかかったぞ!!さぁ、出番ですよ、ボス!!」
オレはびくっとして目を上げたその時、正面奥の扉の陰から、
倒れている男を踏みつけてビスク・ドールがゆっくりと姿を現すのを見たのだった。
何の感情も持たない人形のような目がオレの姿を映し出すと、僅かにその目を細めた。
しまった、罠だ!
あせって振り返ったオレの目の前で、1人の男がバタンと入り口のドアを閉め、
そこに立ちふさがった。
「ようこそ!名探偵。こうもうまくかかってくれるとは思わなかったけどね。」
言って、ビスク・ドールは赤い唇でクックッと笑った。
「・・・お前こそ、こんな大勢友達がいるなんて、驚いたよ。」
オレはいつでも飛び掛ってきそうな男達に緊張しながらも、ビスク・ドールを見据えた。
すると、奴は声を立てて笑った。
「友達ね!あいにくオレはキッドとは違って、仲良くお友達ゴッコする趣味はない。
人間は利用する者とされる者のどちらかしかいないってのが、オレの信条でね。」
「じゃあ、こいつ等は?」
「どこの国にもどうしようもないチンピラはいるもんさ。
暇そうにしてたんでね、遊んでやっただけ。」
言いながら、ビスク・ドールは左手でナイフを取り出し、すっと投げた。
まっすぐと1人の男の方へ飛ぶ。
その男の頬の皮一枚を切って、ナイフは壁へ突き刺さった。
オレは驚いてその男を見た。
だってソイツは自分の頬が切れてるのに、まるで気がついていない様子だったからだ。
「お、お前!!一体、何をしたんだ?!」
オレが叫ぶと、ビスク・ドールは別に大した事はしていないという素振りでごくあっさりと
暗示をかけたと言ってのけた。
「バカな奴には、勝手に動いてもらうわけにはいかないんでね。
オレの言う事に大人しく従うようにしただけだよ?」
コイツ・・・!
オレはギッと睨みつけた。つまり、奴はこの連中に暗示をかけて利用したんだ。
オレの睨みなどものともせずに、ビスク・ドールはニヤリと嫌な笑いを浮かべると
男達に命令した。
「やれ!!」
と、同時に5人の男達が一気にオレめがけて殺到し、オレはとっさにフェイントの要領で
それをかわした。
男達の攻撃を右に左に避けながら、オレは右足を繰り出して蹴り倒す。
時折、空を切って飛んでくるビスク・ドールのナイフにも意識を払いながらも
なんとか、5人を気絶させた。
「・・・へぇ。名探偵は頭脳だけでなく、格闘も心得てるってわけだ。」
オレが5人と対戦している間、ずっと壁に寄りかかったままだったビスク・ドールは
面白そうにそのマリンブルーの瞳を細めてそう言った。
先程のまでの立ち回りで乱れてしまっている呼吸を必死で整えながら
オレはまっすぐに奴を見やった。
「・・・キッドが来るまでは、まだ時間があるな。少し遊ぼうか、名探偵?」
「な・・・!!お前、キッドもここへ呼んだのか?!」
そう叫んで、一歩前へ踏み出そうとしたオレの右の肩先を掠めてナイフが飛び
気づいた時には、もう袖ごとナイフが壁に刺さっていて、オレは身動きができなくなった。
間髪入れずに、左も同じように壁に縫い付けられる。
「さぁ、遊ぼうぜ、名探偵。まずどこからやって欲しい?
どこでも好きなトコから、きれいに切ってやるぜ?」
低く楽しそうに笑いながら、ビスク・ドールはオレの顎をナイフで持ち上げた。
「・・・悪いけど、ご遠慮するよ。そんな遊びは趣味じゃないんでね。」
顎の下でチクリした痛みを感じながらも、オレはそう言い放ってやった。
さて、ここを切り抜けるには一体どうしたらいいだろう?!
このままじゃ、ナイフで串刺しにされちまう。
オレはビスク・ドールを睨みながら懸命にその方法を考えた。
「ふーん。まだそんな目ができるなんて、たいしたもんだな。
よし、決めた。その目から潰してやろう!!」
言いながら、奴は新たなナイフを逆手に持ち変えると、その切っ先をオレの左目に
ぴったりと当てた。
そして、そのままオレの目の中にぐっさりと突き立てた!!
わ!危ねぇよ!!
オレは必死で首を捻って、顔を背けた。
ナイフはオレの目じりからこめかみをざっくり切って壁に突き刺さり、血が吹き出して
目に流れ込んで、あたりが真っ赤になった。
それでも真っ暗になるよりかなりマシだと思って、オレは間一髪よける事ができたことを
感謝した。
ビスク・ドールは腕に力を入れて、壁に埋まったナイフを引き抜き
その相変わらず冷たく光るガラス玉のような目の下で、赤い唇を動かして低く笑った。
「なかなか楽しませてくれる・・・。」
そのあまりの瞳の冷たさにオレは背筋が凍る思いだった。
と、奴はナイフを持っていない手の方で、オレの鳩尾に一発食らわせた。
「・・・!!っぐっ!!」
その強烈なパンチに腹を抱えて座り込みたかったが、両手が壁に縫い付けられていて
叶わない。オレはしだいに気が遠くなるのを感じた。
そんなオレの目の前で再びビスク・ドールはナイフを上げ、ぴったりとオレの脇に立つと
がっちりとオレの顎を掴んで上を仰がせた。
そうして、左の瞳の上にそのナイフを突き立てようとした。
びくっとして、オレは一気に気を取り戻した。
だが、今度は奴に押さえ込まれていて、よける事が出来ない!!
振り上げられたナイフを見た瞬間、オレは次にくる壮絶な痛みを想像して
硬く瞳を閉じた。
直後。
訪れたのは激しい痛みではなく、窓ガラスをぶち破る轟音だった。
* * * * * * * *
何が起こったんだ?!
思わず目を開けると、オレの脇に立っているビスク・ドールの左手から血が出ており、
握っていたはずのナイフが下へ落ちていた。
壁には突き刺さったままの一枚のトランプ・カード。
キッド!!
オレは窓の方を見た。
今はもうほとんどガラスが砕け散った窓のそばに、佇む白い影。
「・・キ、キッド!!」
オレはその姿を認めると、つい叫んでしまった。
だが、そのオレの声にキッドは何の反応も示さなかった。
シルクハットを目深に被って、しかも俯いているせいで、その表情も伺う事ができない。
けれど、明らかにいつものキッドとは違うという事だけは感じていた。
初めてビスク・ドールと対峙した時にも感じたあの凍てつくほどの殺気だ!!
「・・・よぉ、キッド。ずいぶんと早いご登場だな。まだお前の出番じゃないぜ?
もう少し、後でくればいいものが見れたのに。」
ビスク・ドールはちょっと目を細めて、こっちを見た。
それからフッと笑うと、血の滴る左手をさして気にもせず、落ちたナイフを拾い直して
キッドのほうへ向き直った。
キッドが初めて顔を上げる。
「・・・ビスク・ドール・・・。お前、よくも勝手な事を・・・。」
それは、驚くほどの無表情でオレでさえも背筋が冷たくなる気がした。
ビスク・ドールは楽しそうにその赤い唇をゆがめた。
「大事なオトモダチを傷つけた、オレが憎いか?!」
その挑発するような言葉に、キッドは顔色一つ変えず、無言でトランプ銃を撃ち放った。
それは威嚇射撃ではなく、明らかにビスク・ドールに狙いを定めていたが、
うまくかわされ、掠る事すらなかった。
「いいぜ!キッド!!相手になってやるよ?」
両手にナイフを構えて、その瞳に鋭い光りを浮かべる。
オレが息をつくより早く、ビスク・ドールの手から次々とナイフがキッドへ襲い掛かった。
キッドも白いマントを翻しながらそれをかわし、トランプ銃で応戦する。
壁に縫い付けられたまま動けないオレは、ただ見ていることしかできなかった。
相変わらず、キッドの反射神経はすごいと思う。
そして、運動神経も。跳躍力も大したものだ。
だけど。
ああ、やっぱりビスク・ドールの方が動きが速い。
このままじゃ・・・!!
と、思った瞬間、5本同時に投げられたナイフの1本がとうとうキッドの右足を捕らえた。
白いズボンがみるみる内に鮮血に染まっていく。
思わず体制を崩したキッドへ、容赦なく次のナイフが繰り出される。
キッドはすばやく自分の足に刺さったナイフを抜き去り、反対にそれをビスク・ドールへ
向かって投げつけた。
それは奴の頬にすっと傷をつけて、後ろの壁に突き刺さった。
ビスク・ドールは頬の血を拭うと、今度はキッドではなくオレへ向けてナイフを
投げてきやがった。
!!
瞬間、オレの首ぎりぎりのところへそれが突き刺さる。
オレは息をのんだ。
そして、キッドはその瞬間、意識をビスク・ドールからオレへと飛ばしていた。
その隙こそ、奴がねらっていたものだったのだ。
キッドが再びビスク・ドールを見たときには、奴はキッドの目の前までやってきていて
そのままキッドを蹴り倒した。
奴の蹴りは相当なものらしく、キッドはすぐには起き上がれない。
何とか立ち上がったキッドを今度はいくつものナイフが襲い、オレと同じように
キッドも壁にはりつけにされてしまった。
「・・・だから言ったろう?自分以外に大事なものなんて作るもんじゃないんだぜ?
じゃないと、こういう事になる。」
ナイフを持ったまま、動けないキッドにビスク・ドールが近づいた。
「さぁ、これでわかったろう?お前じゃオレには勝てないよ。
遊びはこれまでだ。オレと一緒に来てもらえるかな?キッド。」
人形のような何の感情を持たない目がキッドを覗き込む。
奴の白い指がキッドの顎を掴んで、自分の方を向かせた。
「・・・お前こそ、いい加減諦めろ。オレはお前となんか手を組むつもりはないんだよ。」
近づいた顔にキッドは唾を吐き、ビスク・ドールはムッとしたように手を上げて
それを拭いざま、キッドへ往復ビンタを食らわせた。
キッドの唇の端が切れて、血がにじむ。
くっそう!!
何だってオレはこんなときに動けねーんだよ!!
さっきから何とか脱出しようと、両腕に力を込めるが壁に深々と刺さったナイフは
びくともしない。
このままじゃ、キッドが危ない・・・!!
蛇のように光る目で、ビスク・ドールは再度キッドを射る。
「オレと来い、キッド。」
言いながら、ナイフをキッドの体に滑らせ、その刃身を胸の真中にピタリと当てた。
「・・・それとも少し痛い目を見るか?」
キッドは黙ったまま、真っ直ぐにビスク・ドールを見据えた。
奴はそれを肯定の返事と受け取ったのか、キッドの胸にナイフを突き立てた!
キッドの胸が一気に赤く染まり、ボタボタと鮮血が床へと流れ落ちた。
「・・・やめろ!やめろぉ!!」
オレはたまらず叫び出した!!
だが、オレがいくらわめいても、ビスク・ドールは手を止めることは無かった。
ナイフはどんどんキッドの胸に埋まり、キッドはその痛みに顔をしかめる。
オレはまるで自分の胸にもナイフが刺さっているかと思うくらい、激しい痛みを感じた。
自分の目の前で繰り広げられる惨状に何もすることが出来ないほど悔しい事は無い。
オレは奥歯が痛くなるほど噛み締めるしかなかった。
すると、今まで痛みを必死でこらえていたキッドが、とたんにむせ返り、
あたりに何かを吐き散らした。
血だった。
肺をやられたんだ!!
「キッド!キッド!!おい、しっかりしろよ!!おい!!」
オレは必死でキッドへ呼びかけたが、キッドはがっくりと頭を垂れ、
はりつけにされたまま気を失ってしまったのか、反応が無かった。
そうして、ビスク・ドールはぐったりとしたキッドから血まみれのナイフを抜き去ると、
その冷たく光る目でゆっくりオレを振り返った。
ナイフからぽたりぽたりと、キッドの血を滴らせながら、ビスク・ドールが近づいてくる。
オレはその人形のような目で穴が開くほど見据えられ、
もう何も考える事ができなった。
『もしかして死ぬのかもしれない。』
ふと、他人事のように頭のどこかで思う事しか。
オレのそばまで来て、ビスク・ドールはその赤い口を開いた。
「キッドの代わりにお前に来てもらおうか、名探偵?」
突然のその言葉を、オレは理解できなくて、目を見開いた。
驚いて言葉を無くしているオレに構わず、ビスク・ドールはそれまでオレが何度やっても
抜けなかった両肩のナイフをいとも簡単に抜き去り、オレを壁から自由の身にした。
とたんにオレはキッドのもとへ駆け寄ろうとして、後から羽交い絞めにされる。
「は、放せ!!おい、キッド!!しっかりしろよ!!」
オレのその叫び声にキッドの瞼が僅かに動いた。
「キッド、お前の代わりに大事な名探偵を預からせてもらう。
返して欲しかったら、オレのところに来い!!」
「・・・な!」
オレは一生懸命暴れて、ビスク・ドールの腕から逃れようとしたが、
それは叶わなかった。
あまりにもうるさく暴れまわったものだから、奴に殴り飛ばされた。
と、同時に、オレのポケットから携帯電話が飛び出す。
オレは素早くそれを拾うと、短縮ボタンを押して電話をかけようとした。
するとビスク・ドールは携帯をオレの手から払い落とし、続けざまに腹を蹴られた。
「・・っうっ!!」
オレは前かがみになって、そのまま倒れこむ。
「・・・このヤロウ、お前となんか誰が一緒に行くかよ・・・」
そう言っているうちに、どんどん目の前が暗くなっていき、ついには見えなくなり
地面の底へ引きずりこまれるように意識がぼやけて、
オレは気絶してしまった。
■ To
be continued ■