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NOVEL

BISQUE DOLL

act.5

 

「何なんじゃ!!これは、一体?!」

表通りから細いわき道に入った廃墟のビルへ足を踏み入れたとたん、阿笠博士は
悲鳴のような声を上げた。

それもそのはず。

薄汚れた剥き出しのコンクリートのいたるところに、血が飛び散っており、
無残に切り刻まれた死体がゴロゴロしていたのだから。

そのあまりの惨状に、思わず入り口で足を止めてしまった博士を押しのけるようにして
構わず少女は奥へと入り込んだ。

「お、おい、哀くん・・・!!」

博士の静止の声を無視して、灰原哀は冷静にその血塗られた部屋を見て回った。

 

 

阿笠博士とその養女、灰原哀がここへやってきた理由は一つ。
新一の安否を気づかってのことだった。

昼間、新一がいつものように事件に呼び出されて出かけていったのは、
ちょうど買い物から帰ってきた灰原が自宅前で目撃していた。

その後。

日も暮れて、しばらくした頃、ふいに阿笠邸の電話が鳴った。
液晶に映し出された文字は、『 新一  携帯 』。

受話器を取ったのは、傍にいた灰原だった。

しかし、通話時間はほんの数秒。

灰原が、何か言葉を告げる前に電話は突然、一方的に切られた。
その不自然さに、灰原は何度か新一へかけなおしたが、呼び出しはするものの
新一が出ることはなかった。

新一が阿笠邸に連絡してくる時は、たいてい事件がらみで、事件背景の
詳しい情報を入手したい時か、ケガをして動けず、助けが要る時と相場が
決まっていた。

電話が繋がらないということは、もしかして出ることができないほど
取り込み中ということも考えられなくもないが。

 

電話に出た灰原自身、何かがおかしいと感じずにはいられなかった。

 

おそらくは、新一の身に何かが起こったのだ。

それは、彼女の直感だった。

 

 

とりあえずは、新一の現在位置を確認しない事には話にならない。
灰原は、新一の携帯電話のその接続周波数から、彼のいる地域を特定しようと
試みた。

そして。

今、このむせ返るほどの血の臭いのするビルまでたどり着いたわけだが。

 

 

「・・・あったわ。工藤君の携帯よ。」

血溜まりの中から、灰原はそれを拾い上げると博士に手渡した。

「・・・ということは、新一は間違いなくここにいたんじゃな?
でも、一体どこへ行ったんじゃ?
それに、この死体の山はどういうことなんじゃ?新一の奴、犯人を追って
いったんじゃろうか?

ああ、とにかく、警察を呼ばんことには始まらんな。」

そう言って、博士が携帯電話を出したところで、灰原が声を上げた。

「待って!!」

「ど、どうしたんじゃ、哀くん?!」

と、灰原の視線の先にあるものに博士も気がついて声を上げる。

「こ、これは!か、怪盗キッドじゃとぉ?!」

 

一際派手な血の海の中に、怪盗キッドが横たわっていた。
その近くの壁には、ナイフが数本、破れたキッドの衣装をくわえ込んだまま
深々と突き刺さっていた。

その形から、キッドはここにはりつけにされていたのだと容易に見て取れた。
どうやら自力で服を破ってその戒めからは逃れたようだが。

 

「・・・キッドも死んでいるのかね?」

恐る恐るその今となっては鮮血に染まるスーツ姿の怪盗を博士が覗き込む。
灰原は、血溜まりの中に肩膝をつき、キッドの様子を伺った。

「・・・ひどい傷だけど、まだ息はあるわ。」

 

「・・・どうやらここにいる生存者は彼しかいないようね・・・。
仕方ないわ。博士、彼を車まで運んで。」

「ええ〜!!いや、しかし・・じゃな・・・。」

「工藤くんの居場所を知る人は、もう彼しかいないのよ?
さぁ、博士!!早く!!警察を呼ぶのはそれからにして。」

灰原にそう指示されると、博士は仕方なくキッドの身体を肩にかついで
人目につかないよう最新の注意を払いながら、車へと運び、そのビルを脱出した。

 

警察への連絡は、灰原が行った。
博士の作った特殊な変声機を使って、匿名で。

「・・・何で、わざわざ匿名になんかするんじゃ?」

運転をしながら不思議そうに博士が訊ねた。

「・・・工藤君がまた厄介な事件に巻き込まれていたとしたら、危険だからよ。」

助手席の少女はぽつりと呟くように答えた。
そして、そのまま後部座席に横たわる白い怪盗を見やる。

血の気をすっかり無くして、硬く目を閉じているその顔へ、灰原は冷たい視線を送った。

 

 

*     *     *     *     *     




阿笠邸に到着し、ガレージに車を停めると、そのまま裏の勝手口からキッドを
部屋まで運んだ。
2階の新一が、まだ「コナン」だった頃、寝泊りする時に使っていた部屋へ。

キッドをベットへ横たえると、博士は自分まですっかり血まみれな事に気づいた。

「・・・で。哀くん、どうするんじゃね?彼も本当は病院へ連れて行ったほうが
いいんじゃろう?こんなひどい怪我では・・・・。」

「・・・病院へなんて渡せないわ。彼には聞かなきゃならないことがあるし。
それまでは死んでもらうわけにはいかないわ。

手当てをするから、博士は必要な道具を取ってきてもらえる?」

灰原はキッドの血をたっぷり含んで重くなったスーツを脱がしにかかった。

 

 

シャツのボタンを外す手間を省くために、ハサミを用意しようと灰原が
一瞬、キッドから目を放した隙に、それは起こった。

ガシャーン!!

と、派手な音を立てて、ベットサイドに置いた手術用具が床に落ちる。

驚いて振り向いた灰原の目に映ったのは、完全に意識を失っていたはずのキッドが
上半身を起こしている姿だった。

ギリっと自分の方を見据えた眼差しのその切れるような鋭さに、
灰原は思わず息を呑んだ。

キッドはそのままベットから起き上がろうとするが、動いたせいでまた傷口から血が
溢れ、胸を抱えて苦しそうに歯を食いしばった。

 

その様子を見て、灰原は小さな溜息をつく。

「無駄よ。いくらあなたが強靭な肉体であろうと、その傷では動けないわ。」

灰原の言葉にキッドは目だけで仰ぐ。
大人しくベットに横たわろうとしないキッドへ向けて、灰原は続けた。

床に置いた血まみれのジャケットを手に取る。

「これだけ厚地のジャケットが血に染まって、しかも色が鮮紅色。
・・・ということは、傷は肺まで届いていて、かなりの重傷だと思うけど、違うかしら?」

灰原の言ったことはまさに当たっているだけに、キッドは舌打ちをするしかなかった。

「大人しくしてもらえるかしら?とりあえず手当てだけでもさせてもらうわ。
あなたには、まだ聞きたいことがあるの。」

すると、ドアを開けて博士も部屋へ入ってきた。

「・・・心配はいらんよ。わし達は君の味方とは言いがたいが、
敵ではないことは確かじゃ。今は、大人しく傷の手当てをすることが先決じゃろ?」

 

キッドはしばらくの間、博士と灰原の顔を見ていたが、やがて観念したように
再びベットに横たわり、大人しく目を閉じた。

 

「ちょっと強めのクスリを使うわ。・・・あなたのことだからどうせ普通の麻酔じゃ
効かないでしょう?」

注射針を用意しながら灰原がそう言うと、キッドはすねたように鼻をならした。

 

 

*     *     *     *     *   

 

 

やがて。

手当てをし終えた灰原が、手についた血を洗い流しに行って再び部屋へ戻ってくると
まだ麻酔の効いているはずのキッドが、もう目を覚ましていた。

「・・・本当に、クスリの効かない体質なのね。驚くわ。」

キッドは一瞬、灰原の方を見据えただけで、すぐ自分の胸の包帯へ視線を移した。
厚く巻かれた包帯の上からは、うっすらと血がにじみ出している。

「・・・もう、動けるなら話が早いわ。一つあなたに聞きたいことがあるんだけど。」

灰原のその言葉にもキッドは視線をこちらへは向けない。

 

「・・・工藤君は、どこ?」

言いながら、灰原の瞳が細められ、僅かに揺れた。

しばらくの沈黙。
しかし、キッドは何も答えない。

しびれを切らして、灰原が次の句を言う。

「・・・『 ビスク・ドール 』とやらが、関係しているのね?
・・・ということは、工藤君は、彼に拉致されたと考えていいのかしら?」

その言葉を肯定するかのように、キッドは灰原の方を見た。

 

「!!何で、アイツのことを知ってる?」

低く押し殺したような声が部屋に響いた。
その声がどこか新一と似ていると思ったのは、灰原の気のせいなのか・・・。

キッドの威圧するような視線を真っ向から受けながらも、
灰原は逃げようとはしなかった。

「・・・前に工藤君から聞いたのよ。あの、美術館の火事の後にね。
過酸化ベンゾイルを使って、ここ一連の時限発火による事件の犯人なんでしょう?

もともとは国際指名手配の大悪党だそうだけど。
・・・で、彼の目的は何なのかしら?」

すると、今まで灰原の話を無表情で聞いていたキッドが、
フっと唇に不敵な笑みを浮かべた。

「・・・名探偵は、そこまでは言わなかったってことか。」

「聞かなくても予想はつくわ。
どちらにしても、これはあなたとビスク・ドールの問題でしょう?」

察しの良すぎる灰原に、キッドは幾分目を細めた。
この幼い少女が仮の姿であることは、とうに知っていたが、その正体までは
キッドは知らなかった。
おそらくちょっと叩けばその素性などわかりそうなものだが、興味がないので
未確認のままだった。
とりあえずは、自分には害はないと判断した上での事。

・・・あなどれない女だ。

率直にキッドは思った。

 

そして、そのままベットから起き上がった。

 

「どこへ行くつもり?!」

「・・・奴の目的はオレだ。必ず向こうから接触してくる。」

「・・・そんな身体で何ができるというの?」

確かに、ビスク・ドールの目的がキッド本人だとはいえ、こんな状態では
キッドもあっさりと彼の手に落ちてしまうだろう。
そうなった場合、新一だけが無事に開放されるとは、灰原には思えなかった。

けれども、灰原の考えをよそに、キッドは身支度を始めた。
そして一端、灰原を振り返って、その目には冷え冷えとする光を灯しながら
ニヤリと笑って見せた。

 

・・・ああ、これが。

これが、『怪盗キッド』なのだと、灰原は思った。

 

その瞳の奥には想像もしえないほどの激しい怒りがあるのだということを
灰原は感じた。

そして。

不思議な事に、この絶望的な状況下で何故か、彼になら安心して新一の事を
任せられると思えてしまったのだった。

 

 

「・・・待って。」

部屋を出ようとしたキッドの腕を灰原の小さな手が掴む。
キッドは無言で足を止めた。

灰原は戸棚から注射器と一本のアンプルを取り出した。

「・・・それは?」

「LSDに少し手を加えたものよ。こんなものでも痛み止めくらいにはなるわ。」

灰原の差し出したそれを、キッドは笑顔で受け取った。

「知っているとは思うけど、LSDには強い幻覚作用があるわ。
せいぜい悪酔いしないようにね・・・。」

クスリと笑って告げる灰原に、キッドも唇の端を持ち上げる。

「ただのLSDならまだしも、何か混ぜてあるんだろ?
そんな厄介なクスリに対する順応訓練はしてないから、どうなるかわからないね。」

冗談めかしてそう言うキッドに、灰原も笑った。

 

「あのさ、悪いけどついでに何か着る物も貸してくんない?
さすがのオレも着替えまで持ち歩いてはいないんだよね。」

そのマヌケな物言いに、灰原は目を丸くする。
が、すぐ小意地悪そうな笑みを浮かべると、こう言った。

 

「生憎だけど、この家には男性者は博士の服しかないわ。
でも、隣の家にならたくさんあるんじゃない?あなたのサイズにぴったりなものが。」

 

 

■ To be continued ■

 

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麻希利さまへ・・・・。

お待ちかね(?)第5話でございます。

さて、今回のお話は、新一さんはお休みで
キッド&哀ちゃんのお話になってしまいました。
ちょっと2人の絡みが好きだったりする私。

とりあえずはキッドさま復活!!ということで!!
さぁ、次回は新ちゃんを助けに行くわよ!!っていう具合でしょうか。

でも、新ちゃんだって大人しく捕まってたりはしないでしょう!!
なわけで、次回をお楽しみに・・・(苦笑)

あ〜・・・。こんなんで大丈夫でしょうか?
最近、外し気味で心配です。

 

ririka

 


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