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NOVEL

Happy Barthday  

 

5分もたたない内に、森の向こうに小さいながらも趣深い
館が現れた。どうやらここが例の「月闇館」らしい。

ここが見るからに怪しげな所だったら、快斗を蹴り飛ばしてでも
帰ってやろうと思ったが、全然そんな風ではなく、かえって小さいながらもセンスのある門構えや庭などには
好感が持ててしまうほどだった。

オレ達が門をくぐると、すぐに若女将らしき女性が現れた。
すらっとして背の高い、細身の確かに美人で、その笑顔はとてもやわらかく人の良さそうな感じがした。

なるほど。確かに美人女将だな。

「予約した工藤ですが。」

「お待ちしておりました。工藤様」

女将がいた手前、怒鳴れなかったが、
快斗、てめー!何でオレの名前で部屋を取ってんだよ!!
そう言いたくて、ぎりぎり快斗を睨んだ。

「チェック・インしとくから、新一はあっちで座ってお茶でも飲んでてよ。」

ちぇ!

オレは仕方なく、フロントの隅の長いすに腰掛け、「ご自由にどうぞ」と書いてあるポットを取った。
湯のみに注ぐと、日本茶だろうと思っていたそれは、昆布茶だったのだが、そんなことより、湯のみいっぱいに浮かんだ小さな赤い粒が気になった。

これは、七味唐辛子・・?

「そんなに辛くないので、大丈夫ですよ?」

湯のみを覗き込んでいたオレに、通りかかりの女中さんが
声をかけてきた。

「唐辛子の発汗作用で風邪の初期症状なんかにもよく効くし
お客様には結構人気あるんです。」

「そうですか。」

これまた親切な女中さんにオレも笑顔で答え、
ツンとする匂いのそれを口に運んでみると、後味がピリっとするものの
さっぱりしていて美味しかった。
辛子の刺激が眠気覚ましにちょうどいい。

「美味しい・・・。」

「でしょう?」

そこへチェックインを終えた快斗がやってきた。

「どした?新一。」

「あ、いや、この七味唐辛子のお茶が美味しくてさ・・・。」

「へぇ。気に入ったんなら、明日帰る時、お土産に売店で買えば?」

フロントの奥に小さな土産物屋があって、そこにはこの旅館の
手作りと思われる漬物やちょっとした和菓子なんかも置いてあった。

そうだな。明日買って帰ろう。
オレってば風邪引きやすいし、咽がつらい時にこのお茶は確かに
効きそうだ。
あ、博士にも買っていってやろう。

 

「工藤様、お部屋へご案内いたします。」

部屋はフロント・ロビーがある本館とは別棟のようで
いったん外へ出る。

細かいところまで手入れをされた庭の小道をとおり
着いた先は、離れだった。

しかも玄関なんて、そこらへんの家より立派なんじゃないかって
いうくらい広い。
中に入ると、部屋が3つもあり、なんと露天風呂付きだ。

そのあまりの豪勢ぶりに開いた口が塞がらなかったオレは
女中さんに何か気に入らないのかと、逆に聞かれてしまって
慌てて首を振る。

気に入らない・・・・というのではなくて。
贅沢過ぎやしないか?男二人の部屋にしちゃ。
まるで、新婚さんの部屋みたいじゃないか。

「良いお部屋ですね。」

そういったオレの顔はかなり引きつっていなかったか。

「ええ。うちで一番のお部屋ですから。」

げ!何考えてんだ!あいつは!!

オレのそんな気すら知らず、快斗はさっきから3つの部屋を
行き来して、窓から見える景色に感嘆の声なんかあげている。

「おい、新一!見ろよ、この露天風呂から見る眺め!!」

はいはい、そりゃあ、絶景でしょうとも。
なんていってもこの旅館で一番の部屋だそうだからな。

「それでは、どうぞごゆっくり。
お食事は6時半にこちらにお持ちしますので。」

女中はそれだけ言って、恭しく礼をした後、静かに扉をしめた。

彼女の足音が聞こえなくなるのを待ってから、
オレは快斗に詰め寄った。

「おっまえ!!何考えてんだよ。」

「え?何?新一、この部屋気に入らないの?」

「そうじゃなくて、こんな立派な部屋取って大丈夫なのか?」

「なんだ、そんなことか。
それより、夕飯までまだ時間あるから、先に露天風呂でも
入ろうぜ!」

言うなり、快斗は服をぽいぽい脱ぎだして、さっさと露天風呂のある
部屋へ消えてしまった。

「おーい!新一も早く来いよ!」

曇りガラスの向こうから能天気な声がして、
オレはなんだか頭を抱え込みたくなったが、良く考えたら
この旅行自体、アイツが誘ってきたんだし、
オレがいろいろ気に病むのもばかばかしくなってきた。

よし、こうなったら何も気にせず、純粋に楽しむ事にしよう。

オレはそう決めて、背負ったままだったリュックを下ろし、
上着をぬいで露天風呂へ向かった。

 

ガラっと露天風呂の引き戸を開けると、檜のいい香りがした。
一見、四方の壁全体が檜で覆われているので、普通の風呂場の
ようなのだが、外に向いている側の壁が無い。
つまりそこから景色が一望できるというわけだ。
部屋のような作りになっているから、そのまま屋根もあるし、
最悪雨が降っても入ることができる。

快斗は檜の湯船につかって、外の景色を眺めていた。
オレもシャワーで汗を流した後、湯船に入る。

すると快斗がオレの腕を掴んで引き寄せた。
とたん、奴の顔が近づいた。

やばい!・・・キスされる!!

そう思ったときはすでに遅く、次には柔らかい感触がオレの
唇を覆う。
快斗の唇は、風呂のせいかいつもより熱い。

こいつ、キスうまいんだよな。

正直、快斗のキスは嫌いじゃない。
羽が触れるような優しいキスも、息さえ貪り尽くされるような
激しいキスも。
けど、絶対にそんなこと言ってやらない。

そんな風に快斗に溺れる自分は好きじゃないから。

「・・・っつ、う・・ん!やめっ!!」

息苦しさにたまらず、オレが顔を背けると
意外に快斗はあっさりオレを開放した。

「やめた。これ以上しちゃうと最後まで止まらなくなりそうだ。
今ここでするのは、新一、ツラそうだもんな♪」

「何言ってんだ!てめー!!」

オレは顔を真っ赤にして叫び、快斗の顔にタオルを投げつけて
やった。まぁ、そんなもの当たっても痛くも痒くもないだろうけど。

 

露天風呂があまりにも気持ち良くて、どうやら長湯しすぎたらしい。
オレも、快斗ものぼせる寸前で上がった。

「ふぅ〜!!あっちぃ!!」

快斗は浴衣の前をはだけさせて、タオルを頭に巻いている。

どんなにだらしが無い格好をしていても、キマる奴っているけど、
コイツが正にそうかもな。

ぼんやりそんな事を考えていたら、快斗が冷蔵庫からよく冷えた
清涼飲料水を出してきた。

「新一、暑くねーの?」

「暑いけど、お前ほどじゃないよ。」

さっき風呂に入ったのが無駄じゃないのかと思うくらい、
快斗は汗だくになっていた。
それに比べて、オレはほとんど汗をかいていない。
オレってもともと汗をかかないタイプなんだけどね。
それって新陳代謝が良くないってことで、実はあまり健康には
よろしくないんだけど。

「いい風呂だったよな。来てよかったろ、新一?」

「ああ、そうだな。」

窓からは日が落ちたせいか、幾分涼しい風が
ほてった体を冷ますのにちょうど良い感じで吹き込んでいた。

 

しばらくして、夕飯が部屋へ運ばれてきた。
懐石料理ってのは、少量で満腹にならないと言う奴が
多い気がするが、実際はそんな事無いと思う。
だって、一品食べたら、すぐ次が運ばれてくるし、
総量的には結構食べてると思うんだけどな。

まぁ、得てして旅館の料理って普段食べてる食事の量とは
比べ物にならないからな。

デザートまで食べ終わって、オレ達は満腹すぎて動けないほど
だった。

 

ああ、露天風呂に入ったおかげで体がぽかぽか温かいし
また、眠くなってきちゃったな。

けど、あとはもう寝るだけだし、たまにはいいかもな。
こんな風にのんびりするのも。

なんて再び重くなってきた瞼をこすりながら、ガラにも無く
少しだけ快斗に感謝したりしてみた。

 

が!!

そんな感謝の気持ちは木っ端微塵に吹っ飛び、
いや、それどころか眠気まで一気にぶっ飛んだ。

それくらいショックだったのだ。
快斗の話は。

 

 

「実は、金がない。
つまり、オレたちは無銭飲食、及び、宿泊中なんだ、今。」

 

う、う、嘘だろー!?

オレは慌てて自分のリュックの中から財布を捜したが
無い!無い!どこにも無い!!
っていうか、これ用意したのアイツじゃねーか!
ここへ来るまでの交通費もすべて快斗持ちだったので、今まで
自分の財布の存在など、気にも止めなかった。
ちくしょう!財布があれば、現金が足りなくてもカードがあったのに。
そうだ、父さんのゴールド・カードだって!

無銭って・・・。これって法に触れてるぞ!
犯罪だ!刑事罰だぞ!!

どーしてくれるんだ!!お前はとっくに犯罪者だからいーけど、
オレはまっとうな人間なんだ。

しかも、なまじ高校生探偵なんて顔が売れてるのに
どのツラさげて無銭なんかするんだ!

「な、なんで金も無いのにこんな立派な部屋に泊まろうなんて
大それた気を起こしたんだ?」

オレが震えて睨むと、快斗は肩をすくめて答えた。

「宿代くらいでガタつくなよ、新一。
第一、オレにこんな豪勢な部屋を払えるなんて思ってたの?
新一の家と違って、オレは一般庶民なんだぜ?」

腕を組んで開き直っていうその台詞にオレは怒りで赤くなったり
支払いの事を考えて、青くなったりした。

「・・・お前、まさかキッドになってトンズラするつもりじゃ
ないだろうな?」

オレが冷や汗が滴る思いで快斗と睨んだ。
すると、そいつはいいな、なんて言って笑いやがった!!

「ふざけんな!!」

オレが激怒して怒鳴ると、快斗は腕組みを解き、
オレの唇に静止を促すように、人差し指を立てて押し付けた。

 

「心配には及ばない。いい手があるんだ。」

 

夜の風がかすかに吹いて、快斗のクセのある髪をふわりと
舞い上がらせ、シャンプーの香りがオレの鼻をくすぐる。

開けきった大きな窓の外の闇を背にした快斗は、
明らかに黒羽快斗から、怪盗キッドへの変貌を遂げ
その瞳だけがキラリと光っていた。

 

 

ああ、疲れた。
一体快斗は何を企んでいるのでしょう?
ってこれ、予想以上に長くなっているけど、新一さんのバースデーに
間に合うのか?やや心配・・・・。

2001.04.29

 

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