『aqua』店内。
白馬より一足先に店に入り込んだ青年実業家の皮を被った快斗は、ゴージャスなソファにゆったりと腰を沈め、頼んだ酒に口をつけていた。
先程から、店の奥に結構な大物連中が消えていくのを注意深く目で追いながらも、お酌をしてくれるホステスへの笑顔も忘れない。
・・・VIPルームは、あの奥か。
とはいえ、例の男がどこにいるかはやっぱモニタールームで確認しないと───。
グラスの中の氷がカランと音を立てたところで、隣に座るホステスの赤い口紅が笑いの形を作った。
「あまり見ないお顔だけど。このお店は初めて?」
「僕のような若輩者には、軽々しく足を運べるようなところではないので。」
「確かに、貴方のようにお若い方はここでは珍しいわ。どなたかのご紹介かしら?」
「───ええ、まぁ。」
しなだれかかってくるようなホステスに快斗は曖昧に返事を濁すと、トイレと言って早々に席を立った。
───ああいう席で
キレイなお姉さんと高い酒を飲むのも、悪い気分じゃないんだけど。
今日は仕事で来たんでね。
快斗はニヤリとすると、店員の目を盗んでさっと関係者以外立ち入り禁止のドアへと忍び込む。
店内を見渡せるモニタールームがこの先にあることは、もちろん昨日バイトと称して潜入した時に調査済みである。
厳重なセキュリティがあろうが、怪盗の手にかかれば何てことはない。
あっという間に、青年実業家に化けた快斗にモニタールームは占拠された。
チョロイ♪
得意げな笑みを浮かべながら、モニターの監視席であるソファにどっかり腰を下ろす。
すらりと伸びた足を組んだところで、快斗の目が光った。
ここからが本番である。
───さてと。
すっかり怪盗モードになったエセ青年実業家は、目的のVIPルームを探すべく、たくさんのモニターに目を走らせる。
いくつもの画面を隈なく、けれどもハイスピードで見ていく快斗の視線が、あるところで止まった。
・・・ん?今、目の端に何か映らなかったか???
嫌な予感がして、おずおずと目線をとあるモニターへ戻す。
と、そこには思いっきり見覚えのある人物が映っていた。
まさに予感的中である。
・・・・白馬っっ?!
何でここに?! ってか、ここ会員制だぞ!ど─やって入り込んだんだ?
アイツ、会員証持ってたのか?!
怪盗として潜入するならいざ知らず、今回は店内の客と対面で接したいがために、わざわざ会員証を偽造までした快斗である。
だが目的はどうあれ、店内をうろつくには、どう考えても会員証は必須アイテムだった。
そのフロア内を、白馬は堂々と客として歩いている。
ということは、会員証も無しにこっそり侵入したとは考えにくい。
通常ルートでは手に入らないはずのこの『aqua』の会員証をなぜ、白馬が持っているのか?
快斗はまずそのことを不思議に思ったのだが、実は問題はそんなことではなかった。
・・・アイツ、どこへ行く気だ?
白馬の行く先をモニターで追う。
画面の中の小さな白馬が、スタスタとフロア奥のVIPルームエリアへ向かっているのを確認して、快斗はやっぱりとうなだれた。
あの探偵が客の流れを見て、奥にアヤシイVIPルームがあると推理するなど、造作もないことである。
途中、白馬に制止を促すような店員とのやりとりがあるが、どうかわしたのか白馬はVIPルームの個室が並ぶエリアへ難なくたどり着いてしまった。
いくつもあるVIPの個室を前に、白馬はとあるドアを選んだ。
・・・・・・おいおい、その部屋はやめとけって。
モニタールームで全てのVIPルームの中を監視している快斗は、今、白馬が踏み込もうとしているその部屋で何が行なわれているかも、もちろん確認できている。
中では、物騒な男達が銃の取引をしていた。
白馬はそのことを知っているのか、いないのか、何の迷いもなくドアノブへ手をかける。
この場合、銃器の取引現場を押さえようとしている白馬の読みは正しいと言っていい。
だが、警察でもない少年がたった一人で乗り込んだところで、一体どうなるというのか。
白馬が今、取ろうとしている行動は、快斗にとって完全に勇み足としか思えなかった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「何だっっ!貴様はっっっ!!!」
銃を目の前に談笑を交わしていたはずの男達は、不意の来訪者にいっせいに立ち上がった。
中に居たのは、大柄で人相の悪そうな男、4人。
その内の1人がテーブルの上にあったアタッシュケースの蓋を慌てて閉めるが、白馬の目にはそれが何か判断するには十分過ぎる時間があった。
ケースの中にあった黒光りするそれは、紛れもなく銃。
白馬はニヤリとした。
やはり、自分の掴んだ情報は間違いではなかったと。
男達が声を上げるより先に、この場に歓迎されるはずもない来訪者である少年はにっこりと笑顔を作って挨拶する。
「こんばんわ。僕は白馬 探、探偵です。」
「・・・・探偵?」
男の眉がつり上がるのも気にせず、白馬は言葉を続けた。
「実は、僕が以前関わった殺人事件の犯人が、こちらで凶器となった銃を手に入れたという情報を得ましてね。まぁ未確認の情報だったので、僕がこの目で事実を確かめに来たと言うわけです。でもよかった。これで無駄足だったら、苦労してこちらにお邪魔した甲斐がなくなりますから。」
立ち尽くす男達を前に、白馬は一歩前へ踏み出した。
「───さて。では、申し訳ありませんが、大人しくしていただけますか?もうまもなく警察も到着すると思いますので。」
「け、警察だと!?」
目を剥いた男に、白馬はジャケットのポケットから携帯電話を取り出して見せた。
「ええ。たった今、通報させていただきました。」
「このガキ───っ!!!」
男達は怒声とともに白馬へ銃を向ける。
だが、自分へ真っ直ぐ向いている4つの銃口にも、白馬はまるで動じる気配はない。
そんな白馬の態度を単なる強がりだと思った男達は、不気味な笑いを口元に浮かべる。
「バカなガキだ!探偵気取りだか何だか知らんが、お前1人、ここで消せば済む事だ!」
「無駄です。あなた方にはもう逃げ場はない。」
「何だと!?」
「実はあなた達と僕のやりとりは、既にこの携帯用の小型カメラで映像を警察に送信しています。このカメラは小さくてもかなり優秀な出来でして。あなた方の顔の小さな特徴までしっかりと映してくれるんですよ。」
言いながら白馬が男達に翳して見せるのは、タイピンだった。
何の変哲もなさそうなそのタイピンの先端がキラリと光って、そこに確かにレンズの存在を証明した。
「つまり、あなた方の顔は既に警察に割れています。この店の顧客リストを押さえれば、素性もすぐに明らかになりますよ?」
「・・・・き、貴様っ!!」
男の1人が引き金に手をかける。
白馬はそれをじっと見据えた。
「仮にここで僕を撃ち殺しても、あなた方にとって事態は好転しません。最初にも言いましたが、僕は探偵です。あなた方の逃走経路くらい、予測はできています。警察の方にはそちらでも待機いただくよう手配済みです。」
「何をバカなことを!こっちの逃走経路をお見通しだと?!」
男は、白馬を鼻で笑った。
もともと違法な取引をしている者達である。
急な手入れがあった際など、緊急事態への対処は前もって考えている事であろう。
逃走手段、経路などが何パターンも用意されているのは当然のことだった。
それを、この少年は全てお見通しだと言ってのけたのだ。
男達が白馬の言う事をまともに取り合わないのも仕方がないことだった。
しかし。
今度は、そんな彼らを白馬が笑う番だった。
「残念ですが、あなた方の行動を先読みすることなど、僕にとってはそう難しいことではないんですよ。あなた方の考える事など、あの怪盗に比べたら実に単純明快すぎるものでね。」
丸腰の白馬は、銃を向けられてもまったく臆することなく、まっすぐに視線だけで男達を射る。
それからにっこり微笑むと、白馬は凛然として言った。
「この場で僕を撃ったとしても、あなた方の罪状が一つ増えるだけですが。それでもよろしければ、どうぞ?」
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
あのバカ、あのバカ、あのバカ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!
モニタールーム。
青年実業家の皮を被った怪盗は、一つの画面を食い入るように見ていた。
もちろんその画面に映っているのは、先程白馬が乗り込んだ一室。
音声もオンにして白馬達のやりとりを全て聞いた上で、冒頭の文章になるというワケである。
モニターの中には、四人の男に銃を向けられたままの白馬。
その様子を見て、快斗はギリギリと爪を噛んでいた。
銃を持った男達に対して、白馬も何の策もなしに飛び込んだわけではなかったというのはヨシとしよう。
だが、白馬の言うとおり、あの連中に近い将来、牢獄が待っているとしてもだ。
もともと銃の取引などする物騒な輩である。
所詮、白馬の口上などハッタリにしかなりはしない。
警察が到着するのを白馬と一緒に大人しく待ってくれるとは、快斗には到底思えなかった。
・・・・お前は甘いんだよ!白馬っ!!世の中、そんな物分りのいいヤツらばっかじゃねーんだぞ!
昨夜に引き続き、とんだアクシデントである。
まさか、この場で白馬救出という厄介な項目まで新たに加わることになるとは、予想外の展開としか言いようがない。
今夜は『キッド』の扮装すらせず、ほんの情報収集の仕事でスムーズに終わらせるつもりが、とんでもなかった。
面倒くさい事、この上ない。
とはいえ、このまま見過ごす事もできるはずもなかった。
快斗は溜息をついた。
一番手っ取り早いのは、今すぐオレがあの場に乗り込んで行って、あの男どもを蹴散らしてやる事だろうな。
だが、それでは快斗にとってデメリットが大きすぎる。
いくら変装しているからとはいえ、ここで白馬との不用意な接触は避けたかった。
昨夜、既に快斗がこの店に出入りしていることはバレてしまっている以上、ここで無駄に白馬と関わりを持てば、キッドの変装だと疑われる可能性は十分にあるのだ。
となれば、直接快斗が出て行くのは得策ではなかった。
快斗はモニターを睨みつける。
オレが直接出て行けないのなら、店自体を混乱させ、白馬1人で立ち回れるような状況を作ってやるしかない。
───が、しかしだ。
そんなことをしたら、仕事どころではなくなってしまう。
まだ目的の男との接触を計っていない快斗にとって、この場で店を混乱させては仕事に支障を来たすことは間違いない。
しかも白馬は警察に通報したと言っていた。
警察が到着してからでは、もうここでの情報収集は不可能だ。
残り時間は少ないと考えていていい。
となれば、とっとと仕事にかかりたいところなのだが───。
どうする?
・・・・・毎度毎度、タイミングの悪いヤツだとは思ってたけど。
今日はホント最悪だな、白馬。
快斗にしてみれば、盗品ばかりを扱うという謎の男との接触を逃すのは惜しい。
目当ての宝石の情報が乏しい中、少しでも有力なネタは掴んでおきたいのだ。
目的を果たすためにも、ここは一歩でも前進をしたかった。
───と。
快斗の目の端に、例の男の顔が映った。
「あ。」
思わず、声が上がる。
快斗が会いたかった男は、白馬がいる部屋とはかなり離れたVIPルームに居た。
欲しい情報を得るには、今すぐその部屋へ行くべきだった。
だが。
快斗は、もう一度視線を白馬の居る部屋へ戻す。
そこには相変わらず銃を向けられたままの白馬の姿。
もういつ発砲されてもおかしくはない。
快斗は、視界に白馬と例の男の姿を両方入れ、ギリッと奥歯を噛んだ。
「だ───っっっ!! くそっっっ!白馬のバッカヤロ─っっっ!!!」
快斗はそう叫ぶと、左手に拳を作り壁に向けて繰り出す。
拳の向かった先は、壁に設置されていた非常ボタン。
勢いに任せて、快斗はその真っ赤なボタンを叩き押したのだった。
瞬間、けたたましい非常ベルが鳴り響く。
店内がパニック状態に陥るのをモニターで確認しつつ、快斗は上着のポケットから携帯を取り出した。
「・・・あ、寺井ちゃん?ゴメン。ちょっとしたアクシデントがあってね。悪いけど、予定変更だ。」
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
そうして───。
翌朝の朝刊の一面を堂々と飾っていたのは、高級クラブ『aqua』摘発のニュースだった。
しかも、その事件解決において多大な尽力をつくしたとして紹介されていたのは、もちろん高校生探偵、白馬探だったりする。
1人学校の屋上で、その記事に一通り目を通した快斗は、面白く無さそうに新聞をバサバサとたたんだ。
と、後ろから人の気配がする。
こんなタイミングで登場するのは、快斗の不機嫌の原因である白馬以外あるわけがない。
「やぁ、黒羽君。」
「・・・・・・・・・・・何か用?」
ジト目で振り返った快斗に、白馬は相も変わらずにっこりと笑顔を向けていた。
そして、快斗の手に新聞があるのを見ると、さらにその笑みを濃くする。
フェンスに両肘を預けて校庭を見るように立っていた快斗のその横に、白馬は黙って並んだ。
快斗はそんな白馬に顔は向けず、チロリと目だけで見た。
その目は「隣になんて、来んな」と思いっきり言いたげであったが、無論、白馬には通じない。
「ご存知だとは思いますが、昨夜はちょっと派手な取りモノがありましてね。おかげで僕はちょっと寝不足です。」
「・・・・・・そりゃ、ご苦労なことで。」
「
黒羽君が先日までアルバイトしていたあの店、やはり僕が睨んだとおり、犯罪の温床でした。」
「・・・らしいね。名探偵殿のご活躍については、新聞で読ませてもらったよ。」
器用に新聞を筒状に丸めながら、どうでも良さそうに快斗が言う。
そんな快斗に白馬は「活躍なんてとんでもない」と謙遜の笑みを浮かべて、雄弁に語り始めた。
快斗も人のことは言えないが、白馬も店に潜入するために会員証をこっそり偽造したのだと悪びれずに告白する。
「運良く銃の取引現場に遭遇する事ができましてね。おかげで現行犯逮捕するに至ったというわけです。ま、しかし、単独で店に潜入した件については、警察の方々からお叱りの言葉も頂戴してしまいましたが───。」
「・・・・・・ま、当然だろうな。」
興味薄げな相槌を打った快斗に、白馬はにっこりする。
「そうですね。銃を持っている人間に、丸腰で相対するなど───。一応、防弾チョッキくらいは身につけてはいたんですがね。それでも完全に防御できるわけではない。実を言うと、かなり危ない状況にまで陥っていたんです。いつ、撃たれてもおかしくはなかった。」
「・・・・・・危ない状況に陥っていたわりには、ヘラヘラ話してるじゃねーかよ?」
「ええ、まぁ。このとおり僕は無事ですし。」
「・・・・・・・・・・・・あっそ。」
能天気な笑顔を向ける探偵に、もともと悪い快斗の機嫌はさらに急降下していく。
けれども、染み付いた完璧なポーカーフェイスが見事にそれを隠していた。
「それでも一発くらいは撃たれるのも覚悟したんですがね。絶妙のタイミングで非常ベルが誤作動したんです。おかげで、うまく彼らの気を引いてくれまして、何とか最悪の状態を脱することができました。いや、まさに神の奇跡としか言いようがない。」
「・・・・・・そりゃ、良かったね。」
『神』じゃなくて、『オレ』に感謝しろ、このバカ!
とは言えずに、快斗は空を見上げた。
快斗に言わせれば、バカらしくてこんな会話にはつきあっていられないというところであろうか。
しかし、白馬はお構いなしに続ける。
「僕は運の強い男なんです、黒羽君。」
「・・・・は?」
「一昨日前の晩、君があの店から出てくるのを偶然目撃して。そしてあの店が犯罪に関与している事を確信して潜入したところ、銃の取引現場に遭遇した。そして、銃口を向けられてもなお無傷で、無事事件も解決できたんですから。」
快斗は空いた口が塞がらない。
・・・・コイツ、やっぱり一発くらい撃たれてた方がよかったんじゃねーのか???
ヘタすりゃ、お前は死んでたかもしれないんだぞ?!
おかげでこっちはオイシイ情報を手に入れる機会をフイにしたってのに!!
「ああ、そういえば黒羽く・・・・ぶっ!!」
口を開きかけた白馬の顔に、快斗の持っていた新聞が直撃する。
折りたたんだ新聞の先が、風に煽られて不可抗力で白馬に命中したように見えるが、もちろんそんなわけはない。
快斗が狙ってワザとやったのである。
仕事を妨害された事への、せめてもの報復とでも言えようか。
「・・・あ、わり☆」
「い、いえ。風の仕業ですから・・・。」
「ついでにその新聞、もう読み終わったんで捨てといてくれる?」
「あ、ええ、はい。」
白馬に新聞を押し付けた快斗は、校庭を向いていた体をくるりと反転させた。
そして、そのまま白馬を残し昇降口の方へ向かう。
スタスタと足早に去っていく快斗の背中に、白馬は慌てて声をかけた。
「待ってください、黒羽君!」
「・・・・・・まだ何かあんのかよ?」
足を止め、嫌そうに振り返った快斗を、白馬はにっこり微笑んで迎える。
「───すみません、一つだけ質問を。昨夜、君はどこで何をしていましたか?」
ヒューと小さく音を立てて、二人の合間を風が通り抜ける。
白馬を小さく振り返った格好のままの快斗の前髪を、吹き抜ける風が小さくさらっていた。
「───何でそんなこと、お前に教えてやらなくちゃならないんだよ?」
素っ気無く返す快斗に、白馬は構わず続けた。
「いえ、もしかして・・・・・。昨夜も、君があの店に出向いていたのではないかと思いましてね。」
言いながら意味ありげに微笑む白馬に、快斗は僅かにその目を細める。
「・・・・・・バイトも辞めたのに、オレがあの店に行く理由がどこにあるんだよ?」
「───そうでしたね。しかし、まぁこれは、僕のカン・・・というか、あくまで希望的観測に過ぎないのですが。キッドが昨夜、あの場に居たのではないかと考えているんです。もしそうなら、僕を救ってくれたのは神ではなく、キッドということになりますからね。」
・・・わかってんじゃねーかよ。
とは言えない快斗は、白い視線だけを白馬に向ける。
「・・・・・・お前が何を考えようが勝手だけどな。それがオレと何の関係があるワケ?」
キッドを快斗だと信じて疑わない白馬に対し、それを完全否定している姿勢の快斗にとっては、自分には関係のない話を振られていると返すのは実に当然のことである。
けれども、白馬は応えた。
「ですから───。本来、敵対する立場である僕をどうして助けてくれたのか、直接、お聞きしたくて。」
にっこりと確信めいたその笑顔は、明らかに探偵の顔で。
白馬は真っ直ぐに快斗を見据え、快斗もそんな白馬を見返す。
けれども、そんな二人の互いの視線が交差するのもほんの一瞬。
次の瞬間には、快斗の方から視線は逸らされた。
「───だったら、そういうことはキッドに聞けよ。オレが知るかよ。」
不毛な会話に終止符を打つように、快斗は再び白馬に背を向けて歩き出す。
その快斗の背中に白馬も追随の手を緩めない。
「では、黒羽君がもしキッドの立場だったら、どうだと考えますか?」
再び足を止めて、快斗が振り返る。
その顔はイヤそうに眉が寄せられていた。
「・・・はぁ?オレがキッドの立場だったら?!」
「そうです。もしそうなら、何故、探偵である僕を助けてくれたと?」
キラリと探偵の眼差しを光らせている白馬を前に、快斗は少々考える素振りを見せた。
そして、さも当たり前のような顔をしてサラリと言ってのける。
「そんなの、単に気まぐれなんじゃねーの?」
それだけ言い残して、快斗は今度こそ足早に昇降口へ消えた。
そして。
1人屋上に取り残された白馬は、快斗が消えて行ったドアを見つめ、苦笑しながら呟く。
「・・・・気まぐれ・・・・ですか。まぁ、いいでしょう。そういうことにしておきましょうか、今は───。」
一方、非常階段を下りながらの快斗は、少々疲れたように息をついた。
「・・・ったく、今回は白馬のせいで散々だったな。またしばらく情報収集に飛び回らねーと・・・・。」
“だから、油断は禁物だと言ったんです!”
脳裏に浮かんだのは、昨夜、店から脱出する際に迎えに来てもらった車の中での寺井の顔。
「───ホント、マジで肝に銘じとくよ。」
今回ばかりは、少々本気で反省する怪盗だったりしたのである。