Heart Rules The Mind

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NOVEL

月光の下 踊れ 尚更

想いの願望む理想があるでしょう

 

踊れ 歌え 陽光の輪の中 暗黒に紛れ

 

 

    LUNAR ECLIPSE ー 月蝕 ー 


 Lot.6 

 

「カウントダウン パーティ?」

『そう!31日にみんなで集まってパーティして、その後0時過ぎたら初詣行くの!!』

 

アジトの一つである都内のマンションで、快斗は携帯を片手にデスクに置かれたパソコンに
目をやっていた。

年末に仕事を控え、冬休みに入ってから快斗はずっとこのマンションにこもって
入念に準備をしていたところである。

 

ふいに鳴った携帯に出てみたら、幼馴染の少女からホーム・パーティのお誘いの電話だった。

もともと青子はお祭り好きなタチである。
誕生日だ、クリスマスだと何かとイベントにかこつけては、にぎやかに人を集めて遊びたがる。
小さな頃から変わらない、彼女のかわいらしい面でもあった。

でもそれが、警部である父親が仕事柄、家に不在な事が多いため、家族揃って過ごす事ができない
寂しさからきているものだということも、快斗はちゃんと知っていた。

 

『31日はお父さん、また仕事でいないし、うちで騒いでも大丈夫なんだもん。』

 

・・・だろうね。オレ、予告状出しちゃったし。

ポリポリと頭をかきながら、自分のせいで年末も仕事に駆り出される中森警部に少し悪いとは思いつつ。
けれども、そんな時期にビッグ・ジュエルの展示会をやる方がいけないのだと責任転嫁した。

 

『ねぇ、だから31日にはうちに来てよ、快斗?』

「・・・う〜ん、31日ね・・・。」

快斗は歯切れの悪い返事をする。

 

「・・・ワリィーけど、パス。」

『えぇっ!?何で?』

自分と同じくお祭り好きな性分の快斗が、まさか誘いを断ってくるとは思わなかった青子は驚いた様子で
声を上げた。

 

・・・いや、だから。その日はオレも仕事なんだって。

とは、言えずに快斗は苦笑する。

「大晦日は、家でのんびり家族水入らずで過ごしたいんだよね。」

『ウソつき!快斗のお母さん、昨日からお正月までハワイ行っちゃってるくせに!
ちゃんと知ってるのよ?!おばさん、うちにもご挨拶にいらしたんだから!!』

ありゃ、ご存知でしたか。

「そうなんだよ。一人息子を残して自分だけハワイなんて行きやがってさ、ひどいだろ?」

『え?いいじゃない!おばさんにも好きな事やらしてあげたって・・・。
・・・って!話をすり替えないでよ?!何も予定がないならうちに来てくれたっていいじゃない!!!』

「・・・ダメ。オレ、紅白、観たいんだ!」

『そんなのビデオ録画すればいいじゃないの!』

「何言ってんだよ〜!!紅白はナマで観なきゃ、意味ないだろう?年明けてからなんて観たくねーよ!」

『何よ!!快斗がそんなに紅白歌合戦を楽しみにしてたなんて、聞いてないわよ?!』

「あはは!ほんとは裏でやってる『世界のマジックショー』って番組が観たいんだ!」

『何なのよ、一体・・・!!』

 

ちっとも理由になってない快斗の冗談交じりに答えに、いいかげん青子も嫌気がさす。
そろそろ本気で怒り出しそうな彼女の気配を素早く読み取った快斗は、少し真面目な声を出して見せた。

「ほんとに悪いな。オレ、その日は行けねーんだ。オレがいなくても結構大人数集まるんだろう?
みんなで楽しく盛り上がってくれよ!!」

そう言ってやると。
さすがに青子も諦めたらしく、残念そうに小さく溜息をついた。

『せっかく快斗にマジックでもやって、盛り上げてもらおうと思ったのにな・・・。』

幼馴染のその声に、快斗は口元だけで優しく笑う。

 

・・・心配しなくても、盛大なショーを見せてやるぜ?今年最後の一発派手なヤツをね。

 

その顔はまさに怪盗キッドのものであったが。

 

『・・・白馬君も来れないっていうし。もう!男子は出席率悪いんだから!』

言いながら、青子はぷぅっと膨れっ面であるが。
それよりも白馬の名前を出された事で、快斗の方もみるみるうちに表情が嫌そうに歪んだ。

 

自らをキッド専任などというあの自身過剰な名探偵。

アイツが出てこないわけはないだろうけど。

 

今年も最後の最後まで、いや、もしかすると年明け早々にも見ることになりかねないあの探偵の顔を
思い浮かべて、快斗は大きく溜息を漏らしたのだった。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

そうして迎えた、2001年12月31日。


日も落ちて、今年も残すところ、あと数時間となった。

 

街並みではいたるところに来るべき新年に備えての松飾などが見られ。

都心のあらゆるスポットでは、カウントダウンを控えて、みんなで楽しくパーティをして盛り上がっていたり、
一方、住宅街では家族揃って迎える正月を待ちわびて、暖かな笑い声が聞こえたり。

大晦日の日を、来たるべき新年に備えて思い思いに楽しく過ごす幸せそうな雰囲気が包む。

 

が。

市民の平和と幸福を守るのが仕事の警察には、そんなことは全く持って無縁である。

この時期ただでさえ犯罪が多く、警察は大忙しで殺気だっているというのに。
まさか、今年最後の仕事を『怪盗キッド』でしめることになるとは。

今夜、キッドが現れる美術館に配置されている警備員の誰もがそう心の中でぼやいたことであろう。

 

「えぇいっ!!キッドのヤツ、このクソ忙しい時に予告なんぞ出しおってっっ!!」

中森警部はイライラしながら、吸殻で溢れ返ってくる灰皿にタバコを無理矢理押し付けた。
すでにキッドを迎え撃つ準備は万全と、鼻息も荒い。

 

夜空には数台のヘリコプター。そこには警備以外にマスコミのものも混ざってはいるが。
美術館の周りは物々しい警備体制で騒然としていた。

 

 

そんな喧騒たる光景を、腕組みしながら眺める人物が一人。

白馬である。

 

いつもなら、もっと警備について積極的に中森警部に意見をするところだが。
今日の彼は違っていた。

展示室の壁際にひっそりと立ち、何か深く思考を巡らせているようなその表情。

 

 

白馬は、『怪盗キッド』、いや『黒羽 快斗』の事を考えていた。

 

前回、キッドの顔を一瞬だけではあるが目撃した事から、白馬はその正体を快斗だと確信している。
その後、学校でその事実を彼に叩きつけてみたが、結局は軽くあしらわれて終わってしまっていた。

白馬がどんなに問いただしてみたって、快斗は真面目に取り合わず笑っているだけ。

確たる証拠がないのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが。

 

・・・黒羽君はいつも何にも言わない。
いつも『最後』はぼかしてしまう。

・・・まるで、難解な小説のようだ。

彼の行動、そして言葉の意味には、一体何が隠されているんだろう・・・?

 

白馬の中で快斗に対する謎が膨れ上がっていく。
同時に、その謎をすべて解明したいという欲望も。

 

白馬はふと、顔を上げた。

 

予告時間までは、あと僅か。キッドに直接会って話をするには、ここにいるよりも・・・。

 

そう思うと、くるりと方向転換をして展示室を出て行こうとする。
それを不審そうに、中森警部が呼び止めた。

「・・・ここは警部にお任せしますよ。僕は他に行くところがあるので。」

そう振り向きざまににっこり笑っていう白馬に、中森警部も満足そうに頷いた。
いつも自分のやり方に小うるさく口を挟んでくる若造の退場は、願ったりである。

「そうか!!じゃあキッドの事は我々に任せて、君はゆっくりと年越しの準備でもしていたまえ!」

白馬はそれには苦笑いだけして、その場を去った。

 

 

そうして、白馬が向かったのは、美術館から少し離れたとある雑居ビル。

予告状から察するところ、宝石を奪った後、キッドが立ち寄ると思われる唯一の場所である。

・・・キッドと二人で話をするには、ここしかない!

キッドを屋上で待ち伏せする事に決めた白馬は、エレベーターで最上階へと向かう。
そして、関係者以外立入禁止の屋上へと続く非常階段を上り始めた。

 

やがて。

昇降口の重いドアがガチャリと音を立てて開くと、白馬の視界に美しい夜景が広がった。

 

白馬が一歩、屋上へ足を踏み出そうとしたその瞬間。

スッと黒い陰が目の端に写った。

 

・・・誰か、いる?!

まさか、キッド?いや、そんなはずは・・・。

 

そう思って、思わず白馬はその陰が見えた方向へ走り寄ったが、そこには何もいなかった。

「・・・気のせいか?」

白馬がそう呟きながら、小首を傾げる。

 

だが、その時。

自分の真後ろにその黒い陰が立ち、不気味に微笑んでいた事を彼は知らなかった。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

怪盗キッドが予告した時価5億とも言われるサファイアは、厳重な警戒の下、展示室に飾られていた。

そして。

犯行予告時間と同時に上がった一際派手な花火に、一気に浮き足立った警備体制。
まさに、キッドは狙いどおりに順調に事を進めていた。

唯一、そんなひっかけは通用しないと思われる理屈っぽい探偵の姿は現場にはなく。

予告時間から実にほんの僅かな時間で、キッドはすでに獲物を手にして微笑んでいた。

 

美術館の屋上で、冷たい風に煽られて純白のマントが闇をバックに大きく翻る。

眼下に広がる喧騒たる警備体制を、キッドは口元に余裕の笑みを浮かべながら見下ろしていた。
地上からは、いくつものサーチライトがキッドがいる美術館屋上を照らす。

それを眩しそうに目を細めながら、キッドはこの場に現れない白馬を不思議に思った。

 

・・・ま、おかげで仕事が思いのほか楽に片付いてよかったけどさ。

 

しかし、どう転んでも白馬が出てこないということはありえない。
ここにいないということは・・・・。

彼が自分を例の場所で待ち伏せしているのだと、キッドは早々に見当がついた。

・・・さっすが、相変わらず見事に暗号を解いてくれるよなぁ!

予告状にそれとなく示しただけで、逃走経路まで割リ出すその頭脳は高く評価するのだが。
鉢合わせたところで、どうせまた自分の正体について熱く論じられるのかと思うと、
キッドはいささかうんざりとして、溜息を漏らす。

 

 

「・・・やれやれ。仕方ない。名探偵のお相手をしに行くとするか!」

 

そうしてそのまま、その屋上から身を投げる。

 

地上では驚きの悲鳴が木霊するが。

キッドはそんな様子を見て、その口元をつり上げると、ベルトのワキにあるスイッチを入れた。
とたんに純白のマントが大きな翼へとその姿を変える。

 

白い鳥へと化した怪盗キッドは、怒鳴りまくる中森警部を残して、そのまま闇へと飛び去った。

 

 

 

そうして。

冬の夜空の散歩を充分に楽しんだ鳥は、翼を休めるために、とある場所へと優雅に舞い降りた。

 

・・・あれ?

てっきり待ち伏せしているのだろうと思った、白馬の姿はここにもなく。
キッドは少し首を傾げた。

 

・・・ま、いっか。
とりあえず、今日の獲物のチェックをしとかねーと!

思いながら、白いハンカチに包まれたサファイアをポケットから取り出した。

夜空に浮かぶのは、月齢16,3の月。

・・・確か満月は昨夜だったっけね・・・。

ほぼ満月に程近い大きな月を見上げながら、キッドは蒼いサファイアをその眩い光に翳してみた。

 

けれども。
そこにはもう一つの赤い宝石が輝く事はなく。

それは本日の獲物も、ハズレに終わった事をキッドに告げた。

 

「ちぇ!これがアタリだったらどんなにすがすがしく新年を迎えられたかしれねーのに・・・。
ったく、仕事納めだってーのに、気が利かねーでやんの!」

「・・・それは残念だったな。」

 

いきなり、背後で低い落ち着いた声がした。

と、同時にさっとキッドは全身に緊張感を走らせる。

その声にキッドが血相を変えたのは、いまのいままで他人の気配など感じていなかったからだ。
声の主は、突然この場所に出現したとしか思えなかった。

しかし、一瞬のうちに完璧なポーカー・ファイスを貼り付けると、キッドはゆっくり振り向いた。

そこには、全身黒尽くめの長身の男が一人立っていた。
顔は帽子とサングラスに覆われ、しっかりと確認する事はできないが、目深に被る帽子からは、
少しカールした銀髪が見える。

 

・・・外人?日本語しゃべってるけど。もしかして、こないだ狙撃してきたヤツラの仲間か?!

キッドの目が鋭い光を帯びて、すっと細められた。

 

そんなキッドの射るような視線を受けて、男は声もなく笑った。

「お目にかかるのは久しぶりだな、怪盗キッド。いや、この場合初めましてと言うべきかな?
私が以前お相手したキッドは、すでにこの世にはいないはず・・・。」

男の言葉を聞いて、キッドの瞳に一瞬激しい怒りの炎が灯る。
それは紛れもない殺気を含んで。

胸元にしまってあるトランプ銃にキッドの左手がすっと伸びた。

 

「・・・再び怪盗キッドが現れたと言うから、この目で確かめようと思って来たのだが
まさかこんな子供とだったとは・・・。

・・・なるほど。貴様はあのキッドの息子だな?初代キッドを継いで、2代目というところか。」

 

「・・・アタリ。」

言われて、キッドはニヤリと笑う。
そしてなおもこう続けた。

「ところで、あんたさ。この屋上にもう一人、気障な探偵ヤロウがいたはずなんだけど。
ソイツがどこにいるか、知らないか?」

のんびりした声だが、キッドの眼は鋭く光っていた。

男はそれに頷いて見せ、少し後方にある給水等の陰を指差した。

そこには、力なく横たわる白馬の姿があった。

 

・・・!!

 

眼を見開くキッドに、男は穏やかに笑いかける。

「心配せずとも、彼はもう10分もしないうちに目を覚ます。部外者には少し眠ってもらっただけだ。」

そう言われても信用できないとばかりに、キッドは素早く白馬の傍に駆け寄って
確かに息があることを確認した。

 

・・・・目立った外傷はどこもねーな!・・・ったく、ヒヤッっとさせんなよ!!

 

規則正しい呼吸を繰り返す穏やかな白馬の寝顔に、キッドは少々腹を立てつつも
あらためて背後の敵へ振り返った。

男は、まっすぐにキッドを見つめて冷笑した。

「人の心配より、自分の心配をしたらどうだ?前に忠告で、これから自分にどんな運命が
待ち受けているか、わかっているはずだとは思うが?
2代目など継がずに、大人しくしていれば、長生きできたものを・・・。」

「おーこわ。じゃあさ、オレが怖くて泣き出す前に、頼みを聞いてくれねーか?」

「いいだろう。言ってみろ。」

「あんたらも欲しがってる『パンドラ』っていう命の石って一体何なのか、教えてくれよ?」

キッドの問いに、男は僅かに眼を見開いた。
まるで、そんなことも知らなかったのかと言わんばかりに。

「その名のとおり、『命の石』だ。永遠の刻を手に入れることのできる・・・。」

それを聞いて、キッドは眉をつり上げる。


初めて、『パンドラ』のことを寺井に聞かされていた時から、まさかとは思っていたが。

 

富、名声、地位。

いつの世も、時の独裁者が求めて止まない夢の行き着くところは、不老不死。

けれどもそれは今まで誰も成しえなかった夢。

その人類最後の野望を叶える唯一のもの、それこそが『パンドラ』の秘密だったのか。

 

キッドは吐き気がした。
『パンドラ』がそんな人間のどす黒い欲望の結晶だとは。

 

キッドの表情がややこわばったのを見て、男は哄笑した。

「ククク・・・。だが、それを知ったところで、もうどうにもならん。
・・・お前はここで死ななければならないのだからな!!」

男は胸元から銃を取り出した。

「待った!もうひとつ!!パンドラを欲しがってるあんたらの黒幕はどこにいる?
そっちともいずれ決着をつけなきゃならねぇ。後学のために教えてくれるとありがたいんだけど。」

男はキッドに銃を向けながら、言う。

「馬鹿め。いくら死に行く者とはいえ、そんなこと素直に教えると思ったか?」

いいや、とキッドはにっこり笑って見せる。
そんな風にこの状況でもまったく動じていないキッドの度胸の良さに、男は内心舌をまいていた。

 

「ククク・・・。さすがは『キッド』というべきか。大した度胸の持ち主だ。
それ以外には他に聞きたいことはないか?あの世の土産に教えてやるぞ?」

「・・・じゃあ、もうひとつ。これで最後だ。」

と、キッドは異様に静かな声で聞いた。

 

「・・・何故、親父を殺した?」

氷のように冷たい視線で、キッドは男を射る。

 

しかし、男は声を上げて笑い出したのだ。

「残念だが、語るほどの理由などない。ヤツが我々にとって、邪魔な存在だったから、ただそれだけだ。」

 

沈黙したキッドを、とうとう己の死が近い事を自覚したのだと判断した男は、得意げに続けた。

「我々の邪魔をした自分の力も省みない哀れな人間の末路だ。
貴様は2代目など継いで、まさか我らに敵討ちでもするつもりだったのか?!
親子揃って、馬鹿なヤツラだ。」

言いながら、男の指が引き金にかけられた時であった。

 

「・・・許さねぇ・・・!」

 

キッドが呟いた。
今まで沈黙していたのは、怒りのあまり口が聞けなかったからだ。

キッドはトランプ銃を構えて、むしろ静かに自分に銃を向けたままの男に近づいた。

相変わらず鉄壁なポーカー・フェイスの口元には微笑をたたえて。
だが、その瞳は凍てつくような殺気を放ちながら。

 

「・・・てめーら全員とっ掴まえて、警察に引き渡してやるつもりだったが・・・。
どっからでもかかってきな!ただし、オレは今怒ってる。だから命の保証はないぜ?!」

「ほざくな、小僧!!それはこっちの台詞だ!!」

 

夜空に戦闘開始の銃声が響き渡った。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

いまだ覚醒しきらぬぼんやりとした頭のまま、白馬はうっすらと目を開けた。

ぼやける視界の中、前方で白いものが舞っている。

 

・・・まるで、キッドのようだ。

 

そう思った時、急速に白馬の意識は正常に働き始めた。

耳元にはパンパンと、乾いた音が響く。

 

・・・これは・・・。銃声?!

とたんに、白馬はがばりと起き上がった。
そして、前方に繰り広げられている光景を目の当たりにする。

そこには。

正体不明の黒い服装の人物が、キッドへ向けて発砲している姿。
それに対して、キッドもトランプ銃で応戦していた。

 

「・・・キッドっっ!!」

思わず叫んだ白馬の声に、キッドは一瞬意識を奪われる。
その隙を見逃すまいと、男が撃った弾が、ほんの僅かではあるがキッドの腕を掠めた。

けれども、キッドはそれをやや眉を寄せるだけでやり過ごし、お返しとばかりに数発撃ち返す。

それが。

男の銃を持つ指に刺さった。

「くそっ!!」

男は血の滴る手を押え、慌てて銃を持ち替えようとしたところ、銃声を聞いた誰かが通報したのか
地上に多くのパトカーがサイレンが鳴り響いて集まってきた。

フェンスからその様子を見やり、男は悔しそうに呟いた。

「・・・今日は厄日のようだ。キッド、日をあらためてまた会おう。命拾いしたな・・・。」

それだけ言うと、男はフェンスを乗り越えて、あっという間に隣のビルに軽々と飛び移り、
そのまま闇へと掻き消えてしまった。

 

 

男が消えた闇をずっと睨みつづけていたキッドが、ゆっくりと白馬の方へと振り返る。
腕の傷が、僅かに白いスーツに赤い染みを作っていた。

キッドへ声をかけようとして、白馬はその言葉を呑み込んだ。

声をかけるのを思いとどまったのではない。
かけられなかったのだ。

 

まるで青白い炎でも放つかのように冷たいオーラをまとうキッドに。

 

それは、いつもの警察を手玉に取って楽しんでいる悪戯好きの子供の顔とも
得意の人を食ったような笑みをして、不遜な態度を取っている時の顔とも
明らかに別人のもので。

モノクルに隠れていない左の瞳は、鋭い殺気を帯びた光を灯していた。

 

その眼に白馬の顔を写したまま、キッドはやや瞳を伏せる。

 

そうして、無言のままやや目深にシルクハットを被りなおすと、そのままビルの屋上から真っ黒な空へと
ダイブした。

 

「・・・キッドっっ!!」

慌てて、近づいた白馬の視界には、白い大きな羽を広げた鳥が夜空を駆けていくところだった。

 

闇の中を白い翼が消えていく。

白馬はその光景を目にしながら、何故かこのまま彼を行かせてはならない気がして夢中で追いかけた。

 

 

・・・一体、何があったんだ?!

あんなキッドは見たことがない・・・!!

 

白馬は、キッドの心の奥に潜む闇を一瞬垣間見たような気がしてならなかった。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

白馬は、ちょうどタイミングよくビルの下に現れたパトカーの一台に乗り合わせて、
キッドの後を追った。

時刻はあと、数20分ほどで新年を迎える。

初詣に出かける人達で渋滞している道を、サイレンを鳴らしてパトカーが我先にと走っていく。

流れ行く窓の景色を見ながら、白馬は先程のキッドの顔を思い出していた。

 

あの凍てつくような冷たい殺気。

 

今、彼と会わなかったら、あのまま手の届かない彼が闇の世界へ行ってしまうような気がする。

早く、早く彼に会わなければ!!

 

白馬はそう思わずにはいられなかった。

 

 

その頃。

はるか上空では、白い鳥が優雅に羽ばたいていた。

 

冷たい風が傷を刺す。

キッドは銃弾が掠めた左腕を、舌打ちをしながら睨んだ。

二度目のヤツラとの接触。
今日で、はっきりとわかった。
ヤツラが間違いなく倒すべき敵であるということが。

 

今日、現れたのはその敵の組織の中のほんの一人だ。

一体、どれほどの組織なのか、見当もつかない。

・・・もしかして、自分はとんでもないヤツラを敵に回したことになるのかもしれない。

 

 

この先、本当に自分に父を殺した組織を潰す事などできるのだろうか?

ふと、らしくもなく弱気になりかけた自分に、キッドは苦笑した。

 

「・・・ま、何事もやってみなくちゃわかんねーからな♪」

その口元にはいつもの不敵な笑いが浮かんでいた。

 

と、同時に。

後方から、バラバラという音ともにヘリコプターがやってきた。

振り向くとそこには、『警視庁』の文字が刻まれたヘリが2台ほど。

 

げ!

もしかして、中森警部?!

 

美術館からうまくまいてきたはずの警部達と、思わぬところで鉢合わせたキッドは
慌てて進路変更を余儀なくされる。

〜〜〜何だよっっ!!
このまままっすぐ帰れば、家で年越しできたかもしれなかったのにさ!

 

さて、どこへ行こうかと、考えを巡らせて辺りを見回したところ、大勢の人で賑わっている場所を見つけた。

お!ちょうどいいや!あそこにしよう!!

キッドはニヤリと笑うと、まっすぐとその場所を目指して、飛んでいった。

 

 

多くの人で賑わいを見せているのは、この辺りで一番大きな神社であった。
年明けと同時に初詣をしようと、敷地内はすでに大勢の人でごったがえしている。

その中に、青子を含む数名のクラスメートの姿もあった。

寒さを紛らわすため、先程から甘酒やたこ焼き、焼き芋など食べ通しである。

 

「ねぇ、青子!キッドは今日もうまく盗んだのかしらねぇ?!」

「知らないわよ!そんなこと!!まったくキッドのおかげでお父さんも白馬君も仕事だし。
ほんと迷惑なヤツなんだからっ!!」

ぐいっとホットの烏龍茶を飲みながら、青子はクラスメートをじろりと睨んだ。

 

そして、青子がそのままふと空を仰いだ時、上空に白い大きな鳥がいることに気が付いた。

「・・・え?あ、あれって・・・もしかして。」

青子がそう呟いていると、あちこちで大声が上がる。

 

「おい!空を見てみろ!!あれって、怪盗キッドじゃねーか?!」

「うそ〜!!キッドだ〜!!すごい!!本物?!」

「キッドだ!!上にキッドがいるぞ!!」

 

辺りは騒然として、あっという間にパニックとなった。
参拝をしようとして並んでいた列が、キッドのグライダーを追っていっせいに動き出す。

 

その突然の人の流れに、青子は突き飛ばされ、跪いた。
持っていた烏龍茶のカンはどこかへ蹴飛ばされて、あとかたもない。

「・・イタタ・・・。ひど〜い!!あ、あれ?みんな、どこ?!」

周りにいたはずのクラスメートの姿も見えない。
どうやら、このパニックではぐれてしまったようである。

「・・・やだぁ。みんなどこ行っちゃったのよ?!」

思わず涙目になりながら、そう心細そうに呟く青子の肩を誰かがポンと軽く叩いた。

振り向いた青子はそこに立っていた人物を見て、目を見開く。

 

「おい、大丈夫か?ケガは?・・・ったく、相変わらずトロくせーな!」

差し出された手と、その見慣れた笑顔を見て、一瞬微笑みかけた青子の顔がみるみるうちに
怒りへと変わっていく。

「か、快斗!!何よ!!いつ、来たのよ?!来れないんじゃなかったの?!」

「いや、用事がなんとか片付いたからさ。初詣だけでもしようと思ったわけ!
・・・にしても、すっげー混んでんな!」

ウインク付きでそう笑う快斗に、青子は一瞬頬を赤く染めつつも、ぷいと明後日の方を向いた。

「キ、キッドのせいよ!何もかもね!!さっきまでここまでぐちゃぐちゃに混んでなかったもん!!」

 

・・・そりゃ、申し訳なかったね。

心の中で苦笑しながら、快斗はお詫びも兼ねて言った。

「ところで、みんなはどこ行ったんだ?!はぐれちまったのか?!しょうがね〜な。
オレが探してきてやるから、お前はここでじっとしてろよ?!」

そう言って、青子を一人その場に残し、快斗は人の波の中へと消えていった。

 

 

その頃、上空にはまだキッドのグライダーが優雅に空を舞っていた。

2台のヘリは相変わらずそれを追走し、地上では白馬がパトカーで追っていたが。

 

グライダーが神社上空を通り過ぎようとしているのを見て、白馬は妙な違和感を覚えた。

 

・・・通過するだけなら、なぜわざわざあんなところを?

!!・・・もしかして!!

 

とたんに何か閃いた白馬は、身を乗り出して言った。

「すみません!!ここで!!僕をここで下ろしてください!!」

 

間違いない!!僕の考えが正しければ、キッドは神社の参拝客の中に紛れ込んだんだ。

あそこに、きっと黒羽君がいる!!!

 

白馬は全速力で大勢の人で賑わってる神社の中へと入っていった。

 

 

 

年明けまで、あと3分を切った。

「・・・ったく、みんなどこにいんだよ?」

人の波をかき分けながら、境内の方までやってきたが、クラスメートは発見できず
快斗は途方にくれていた。

・・・しかたねーな。いったん、青子のとこに戻るか。
もしかして、みんな集まってるかもしれねーし。

そう思って、再び人の波を進みだした快斗の腕を、痛いほどの力で誰かが掴んだ。

それは、銃弾が掠った方の左腕。

 

・・・イテーじゃねーか!?何しやがる!!

と、振り向いた快斗の後ろにいたのは、白い息を切らした白馬の姿だった。

 

「・・・は、白馬・・・。」

「・・・く、黒羽君っっ!!」

 

自分を見つめる白馬の痛いほど真剣な眼差し。

すべてを見透かすようなその瞳に、快斗は思わず瞳を揺らした。

 

「・・・んだよ?お前も来てたのか?今日はキッドとの対決の日じゃなかったけ?
キッドならさっき上空を通過してったぜ?追わなくていいのか?」

そう言って、いつものように唇を持ち上げて笑って見せると、白馬は少し面食らったような表情をした。

 

・・・いつもの黒羽君だ。

 

白馬は、目の前に立つクラスメートの少年の顔をまじまじと見つめた。

 

そのまとうオーラは闇を貫く光のように凛然たるもので。

月の光芒を放つ瞳に見返されて、そこに先程、白馬が感じた闇は欠片もなかった。

 

「・・・おい、白馬?」

自分を見つめたまま、固まってしまった探偵を見て、快斗は不審そうに声をかけた。

「・・・あ!いえ。何でもありません。そういえば黒羽君こそ、どうしてここへ?
今日は予定があったはずではなかったですか?」

ようやく自分を取り戻した白馬は、いつものとおり快斗に探りを入れるような眼差しを向ける。
それを見て、快斗もやや目を細めて笑った。

「・・・イチイチ人の予定までうるせーんだよ。一応用事は片付いたからさ、
初詣くらい行こうと思って、出てきただけ!そういうお前こそ、早くキッドを掴まえに行けば?」

 

・・・あのグライダーはダミーなんでしょう?

 

 

そう白馬が言おうと思った時。

 

新年を告げる鐘が荘厳な音を立てて響き渡った。

 

 

「「あ・・・」」

思わず、二人の声が重なる。

あちこちで、新年の挨拶の声が聞こえ始めた。

 

「・・・新年、あけましておめでとう。黒羽君。」

「・・・お、おう。」

 

・・・何で、新年早々口利くのが、コイツじゃなくちゃならねーんだ?!
ったく、年末から年明けにかけて、なんてツイてねーんだよ、オレはっっ!!!

などと思いながら、快斗は大いに内心引きつっていたのだが。

目の前の男が、自分に向けて穏やかに微笑んでくるものだがら、すっかり毒気が抜かれてしまった。

 

・・・やれやれ。
何は、ともあれ、とりあえずは青子のところに戻らねーと・・・。

「・・・あ、えっと、オレは青子んとこに戻るから、お前はキッドを追うなり、参拝してくなり
好きにしろよ?じゃあな!!」

そう言って、白馬に背中を向けようとした快斗の手を、白馬がぎゅっと掴んだ。

「なっ!!何だよっっ!!」

「あ、いえ。黒羽君、どうせだから一緒に参拝して行きませんか?
ここからなら、境内まですぐですし。」

にっこりと白馬がそう笑いかける。

「ばっ・・・!だーれが、お前なんかと・・・って、おいっっ!!手ぇ、離せよ!!おい、白馬!!」

快斗の抗議の声を物ともせず、白馬は強引に快斗の手を引っ張って境内の方へと
人の波をかき分けて進んでいく。

快斗は、何度も振りほどこうと試みたが、どうにも白馬の腕の力の方が上手のようで
それは叶わない。

・・・くっそー!!コイツ、見かけによらずばか力なんだよな〜〜!!

 

快斗がそう思っている一方で、白馬の方も決してその手を離すとものかと心に決めていた。

 

握った手の温もりから、感じる快斗の体温。
それは、紛れもなく彼のもので。

白馬はそれを確かめるように、その手を強く握り締めた。

 

あの時、屋上であの殺気を帯びた眼差しのまま別れたキッドのことをずっと気にかけていた。

あのまま、彼が闇へ落ちてしまったらどうしようかと。

 

・・・でも。

 

彼なら、大丈夫だ。

心の中にどんな闇を持っていようと、暗黒の世界に囚われてしまうことは決してない。

 

白馬はそう心の中で呟いて快斗を振り返り、優しく微笑んだ。
微笑まれた快斗の方は、わけがわからず、きょとんとした眼差しを返しただけであったが。

 

そうして、人の波をかき分けて、たどり着いた境内の前。
ようやくにして、快斗は白馬から開放された。

けれども、ここまで来ては仕方がない。

快斗も諦めて、白馬とともに参拝することに決めた。

 

「・・・お賽銭って、いくらぐらいが相場なんですか?」

ともすれば、財布から万冊でも出しかねない白馬の様子を見て、快斗はぎょっとする。

「・・・5円玉が妥当じゃねーの?『ご縁』がありますように、ってよく言うだろ?」

それっぽっちで大丈夫なのかと心配気な顔をしながらも、白馬は小銭を用意した。
それを見やりながら、快斗も自分の財布を出そうとして、財布が背負ってるリュックの中に入ったままの
ことに気づいて、若干青くなる。

・・・ヤベ!財布、手元にねーじゃん!!

かといって、今、ここでリュックを開けるのは無理である。
混んでいるから、とかそういった理由からではない。開けられないわけがあるのだ。

なぜなら、リュックの中にはキッドの衣装が入っているからで。
まさかこの探偵の目の前でそれを開けられるわけがないだろう。

・・・どっかに小銭なかったっけ?

必死でコートやズボンのポケットの中に小銭が入ってなかったか、探しまくるが、
ポケットに入っているのは、今夜の獲物のサファイアだけで。

・・・さすがに、これを賽銭箱に投げ入れるわけにはいかねーもんな・・・。

快斗は脱力した。
やはり、新年早々自分は相当ツイていないらしい。
こんなポカをするとは。

 

「黒羽君、お賽銭は入れないんですか?」

手を合わせながら、白馬が不思議そうに訊ねる。

「・・・財布、忘れたんだよ・・・。」

「黒羽君の分も、僕が立て替えておきましょうか?」

笑顔でそう言う白馬に、快斗は乾いた笑いを返すと。

「とりあえず、先にお願い事だけして、お賽銭は後払いってことで神様に見逃してもらうからいいよ!」

そんなことを果たして神様が許してくれるのか知らないが。
快斗はそう言って、手を合わせた。
そうしてすぐにも立ち去ろうとしたが、白馬は結構長い時間、手を合わせていた。

 

「お前、あんなにたっぷりと何をお願いしてたわけ?」

境内からの帰り道、快斗は隣を歩く白馬を覗きこんでニヤリと笑う。

・・・どーせ、お前の事だから、『今年こそキッドを捕まえられますように!』とかなんだろうケド。

聞かれて、白馬はにっこり笑う。

「ええ、それはもちろん!キッドにこの手が届くようにと。」

・・・。
手が届く?!なんだそりゃ?何か深い意味でもあんのか?!

やや意味ありげな白馬の台詞に快斗は小首を傾げたが、大して気にせず聞き流すことにした。
すると、今度は白馬の方が聞き返す。

「黒羽君は、何を願ったんですか?」

そう言われて。
快斗は不敵な笑いを唇に浮かべると。

「内緒♪そんな簡単に人に言っちゃったら、叶わねーだろ?」

そう言ってやる。
それを聞いた白馬も、へぇ、そうなんですか。と大人しく頷いていたが。

「・・・え?ちょっと待って下さい!!っていうことは、僕の願いは叶わないって事なんですか?!」

慌てて快斗に詰め寄った。
その様子に、快斗は声を立てて笑う。

・・・あったりめーだろ?!オレはだれにも捕まったりはしねーんだからさ!!

そう内心思いつつ。

 

そうして、しばらく二人で歩いていると人の山、一つ越えたところに青子の姿を発見する。
どうやら他のクラスメート達も一緒のようだ。

「お!みんな集合してるじゃん!!お前、どうする?このままたぶんアイツらといたら初日の出を見るまで
騒ぎまくると思うけど?」

「・・・あ。僕はご遠慮します。いったん警視庁の方へ戻らなければなりませんから。」

「そっか。じゃあ、ここで。ま、とりあえず今年もがんばれよ?!名探偵!!」

そう言って、快斗はその場に白馬を残し、青子達の方へと向かっていった。

 

クラスメート達に囲まれて、無邪気に笑っている快斗を少し離れたところで見守る白馬の顔に
穏やかな笑みが浮かぶ。

 

そうして。

 

「・・・君の心にどんな深い闇があろうと、僕はかまわない。
きっと今年こそ、必ず君を手に入れて見せるよ?黒羽君。」

 

誰にも聞こえないような微かな声でそう呟いたのだった。

 

 

 

 

◆ To Be Continued ◆



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はい!白快のカウントダウンネタでした!(ってカウントダウンしてないけど)
しっかし、これ書いてる今って、まだクリスマス前なんだけど。
かなり先取りしているな、私って・・・。(苦笑)

でも、いいの。

来週末はほんとに年末でいろいろ慌しいし、姪っ子もうちに遊びに来るから
更新の時間がないかと思われるので・・・。

とりあえず、U〜P!!

って。こんなんでいいのかな?ゆうこさま・・・。
いや、ダメだろう・・・。

2001.12.23

 


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