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NOVEL

月光の下 踊れ 尚更

想いの願望む理想があるでしょう

 

踊れ 歌え 陽光の輪の中 暗黒に紛れ

 

 

    LUNAR ECLIPSE ー 月蝕 ー 


 Lot.7 

 

空には細い月がかかっていた。

時刻は午前2時を少し回った頃。

無人の高層ビルの上には、大きな白い翼の鳥が羽を休めて、はるかかなたに見える眠らない都会の街並みを見下ろしている。

 

右目のモノクルにその夜景の灯火が小さく映っていた。

 

「・・・さて、コイツはいくらで売れるかなぁ?あんま安く見積もられても困るんだけど・・・。まぁ、とりあえずふっかけてみるしかねーか!」

言いながら、キッドは手の中にある小指の爪ほどの小さなルビーを取り出した。

 

それは実は今夜の獲物のおこぼれだったりする。

怪盗キッドの本日の獲物は、時価3億相当のティアラ。
とはいっても、実際に狙ったのはその中央についている90カラットのダイヤのみなのだが。

せっかく盗りに行ったのに、またもや本日もハズレに終わってしまったので、ティアラ自体は素直に返品させていただいた。

が、周りの装飾されていた宝石の一つを、こっそりイミテーションとすりかえていたりする。

 

そもそもキッドは取った獲物をすべてを大人しく返しているわけではなかった。

まぁ、8割方はきちんと返品しているのだが、残り2割は自分の懐に入れてしまっているのだ。
「怪盗キッド」をやっていくための資金作りとでも言おうか。

ただの高校生には到底手に入らないような額は、こうでもしなければ仕方が無い。

けれども、決して、天文学的な額がついているような高価な宝石をいただくのではなく。
しかもいただくときは、持ち主は盗られても当然なくらいな悪党、と決まっているのが常であった。

 

・・・オレってば、ほんと質素な泥棒だよなぁ。

時価数億の宝石には手をつけないあたり、キッドは自分を良く出来た人間だと再認識していた。

 

「・・・そろそろ店も開いた頃かな?」

キッドは時刻を確認する。

『怪盗キッド』を継ぐ上で、必要となる情報屋の類はその使い方からすべて寺井から伝授されていた。
本日もこれから、とある店に石を売りに行くつもりである。

 

「さてと。じゃあ、行くか!」

 

鳥はそう呟くと、羽を広げて真っ黒な空へと飛び立った。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

さびれた裏通りを一本脇道に入ったところに、その店はあった。

普段は重いシャッターがしまっていて、とうに潰れてしまっているかのように見えるので何も知らない人が気に留めることも無い廃れた店だ。

が、その店が営業するのは深夜のみ。
客はもっぱら闇の住人であった。

 

チリン♪という音がして、ドアが開く。

 

「・・・まだ開店前なんだがな、出直してくれねーか?」

3畳ほどの狭い店内の奥にある椅子に腰掛けていた男が、タバコを吹かしながらそう言った。
視線は新聞に向けられたまま、来客の方を見ようともしない。

「上客を断ると、後で悔やむぜ?」

その声に男は慌てて顔を上げる。

「・・・!キッド!!あんた、本当に生きてたのかっっ!?」

入り口に立っている白い怪盗の姿を認めて、男は椅子から立ち上がった。

その様子を見て、キッドはその瞳を僅かに細めて。

「・・・そう簡単に殺すなよ?」

言いながら、ニヤリと笑った。

男はキッドを見ながら、いまだに信じられなさそうな表情を作る。

「こりゃたまげたぜ。じゃあ、怪盗キッドは8年前に逝っちまったっていう話はデマだったってことかい?・・・・・・それともお前さんは、別人か?」

 

・・・なるほど。親父が死んだ話は、ある程度、闇の世界には知れ渡ってるって事か。

 

キッドはそう思いながらも、ますます笑みを濃くしてこう言った。

「・・・さてね。けど、オレは間違いなく正真正銘の『怪盗キッド』だぜ?」

そのキッドの発するオーラを感じ取ったのか、男はそれ以上は追及してこなかった。

 

「・・・まぁ、何でもいいさ。客が生き長らえる事はこっちとしても助かるんでね。
・・・・・・で?今日は何が欲しいんだ?」

無精ひげを触りながら、男がその目に鋭い光を宿し、キッドに訊ねた。

「とりあえずは、キャッシュ。・・・・・・と、ウマイのがあれば、情報。」

言いながら、キッドは胸元からルビーを取り出して男に手渡す。
男はそれを受け取ると、早速、宝石鑑定用のルーペで石を覗いた。

「・・・ふん。ティアラの装飾のルビーをくすねてきたってわけか。
・・・にしても、お前さんのここ最近の活躍は耳に入ってたぜ?相変わらずビッグ・ジュエルばかり狙ってるって話じゃねーか。
・・・・・・まぁ、オレとしてはお前さんが8年前のキッドと同一人物であろうとなかろうと、商売ができりゃ、それでいい。」

「・・・賢明だな。・・・で、ソイツはいくらになる?」

入り口付近の壁に腕組みしたまま寄りかかっているキッドは、ややその眼を光らせて訊ねた。

「・・・そうだな、60万出そう。」

「80万以下じゃ、売れないね!」

「・・・75万だ。その代わり情報はお前さん好みの取れたてのヤツを提供しよう。
近々、極秘に持ち込まれる某国のビッグ・ジュエルとそれに絡む海外の組織ってのはどうだ?」

男の目が妖しい光を帯びる。

キッドはその眼をまっすぐに見つめると。

「よし!75万で手を打つ!」

そう言って、不敵な笑いを浮かべた。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

一通り情報を入手した後、キッドは店を出ると、誰もいないのを見計らって、
その場で白い怪盗の扮装を解いた。

キャップを被りやや顔は隠してはいるものの、普段の快斗自身の姿である。

と。

路地裏の陰からこちらをうかがっている人の気配を感じた。

「・・・誰だっ?!出て来い!!」

ジーンズに忍ばせてあったナイフをすぐにでも出せるような体勢を取って、快斗はその気配の方へ目を向く。青白い炎のような殺気をまとって。

が、出てきたのはもういい年をした老人だった。

「殺っても無駄じゃよ。金もないただの老いぼれだ。」

りっぱな髭を蓄えた小柄な老人は、快斗を見てにっこりと笑うとそう言った。
それを見て、快斗も一瞬にして緊張を解く。

「・・・ハシタ金のために、コロシなんかする趣味はねーよ。」

「・・・なら、ぼうず。わしの店に来るかい?これから開けるとこなんだが、一杯ごちそうしてやるよ?」

老人にそう言われて。
快斗は、若干警戒心を持ちつつも、不思議な雰囲気を醸し出す彼についていくことにした。

このかいわいは、いわば闇の世界に通ずるもののみが出入りするところ。
うまくすればまた何か情報が手に入るかもしれないと、そう思って。

 

つれてこられたのは、カウンター席しかないショット・バーのような極小さな店だった。

「ぼうず、コーラでいいかな?」

言われて、快斗はムッとむくれた。

「・・・何で、ソフト・ドリンクなんだよ?」

「子供は普通、そうじゃろう?」

「・・・悪かったね。ケド、今どきのガキは酒くらい飲めんだよ。バーボンある?ロックで。」

すると、老人は感心したように、ほう?と笑った。

 

琥珀色の液体の入ったグラスを傾けている快斗を穏やかに見つめて、老人が話し掛けてきた。

「・・・ぼうすも闇の世界に足を踏み入れたクチだろう?目つきでわかる。」

「・・・そんなにヤバそうな目、してるかな?」

自分では意識しているつもりなどなかったので、そんな風に言われると意外だった。
快斗は不思議そうに老人を見上げると、彼はにっこりと微笑む。

「いやいや・・・。先程ワシに向けたものはほんの一瞬だが、なかなかいい目じゃったよ?相手を圧する鋭い光を持っておる。」

 

・・・へぇ。そんなもんかね。

快斗は老人の心地よいその声を、大人しく聞いていた。

 

「お前さんくらいの年なら、他にいくらでも夢中になれることがあるだろうに。
何か事情があってのことじゃろうが、こんな闇はお前さんのような子供がいるのは不釣合いじゃよ?子供は平和な日常で、夢を追いつづけるのが仕事だ。」

手元のグラスを見つめたまま、快斗はクスリと笑う。

「・・・でも、『日常』は結構、退屈だからさ。・・・・・・オレにはこれくらいのがちょうどいいんだ。」

そんな快斗を見やり、老人はその目を少し悲しそうに細めた。

 

「・・・・・・いつまでもこんな危険な闇にいては、いつか命を落とすぞ?」

「・・・かもね。」

老人の言葉に、快斗は無邪気に笑って返すと、一気にバーボンを飲み干した。

 

 

もう2度も命を狙われた。

 

もしかして

本当に

 

死ぬかも

 

 

「でも、オレ、大丈夫だよ?まだまだ死ぬ気、しないし。」

 

 

親父を殺した奴らを見つけるまで

オレは、死なない。

そう、絶対に。

 

 

ウイスキーの苦い後味だけが、快斗の喉にいつまでも残っていた。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

それから数週間後、警視庁捜査2課。

 

「なっにィ〜〜〜〜っっ!!大使館側が警備を断ってきただとぉ〜〜っっ?!」

中森警部の怒声がフロア中に響き渡る。

「・・・は、はい。自国の物は自国で守ると・・・。イギリス大使館の方で万全の警備を敷くとかで我々の手は不要だと・・・・。」

若い刑事がそう報告すると、中森警部はキッドから送られてきた予告状のコピーを握り締め怒りにワナワナと震えた。

「奴らはキッドがただのコソ泥か何かだと、勘違いしてるんじゃないのか?!
キッドの事は誰よりもこのワシが一番わかっているというのにっっ!!」

 

フロアの隅には、白馬の姿もあった。
彼は、この度のキッドの予告状の暗号解読に一役買っていたところである。

白馬は怒りが治まり切らない様子の中森警部を見るや否や、小さく溜息をついた。

「・・・中森警部、お気持ちはわかりますが、大使館側がそう言うのなら仕方がありません。あそこは日本であって日本で無い。簡単に我々が手を出せるところでは・・・・」

「そんなことは、言われなくてもわかっとるっっ!!」

白馬の言葉はすべてを言い終わる前に、中森警部の声にかき消される。

そう。
大使館とは、確かに日本の権力が及ばない場所である。
いくらその大使館に怪盗キッドが現れるとはわかっていても、相手の許可無しでは、日本警察にどうこうできるものではなかった。

 

「おのれっ!!キッドめっっ!!イギリス大使館だなんて面倒なところに予告なんぞ出しおって!!」

理屈はわかっていても、ハイ、そうですかと簡単に引き下がれるものではない。
中森警部の怒りは当分治まりそうもなかった。

 

それを横目に見やりながら、白馬は一人フロアを出る。

エレベーター・ホールの前までスタスタと歩くと、そこで胸元から携帯電話を取り出した。

 

「もしもし?白馬です。イギリス大使館へつないで欲しいのですが。
・・・あ、いえ。僕の名前を言っていただければ、大丈夫だと思います。・・・はい。白馬探です。」

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

キッド予告日当日、江古田高校。

 

「・・・ふーん?やっぱ今回は日本警察には出る幕無しって感じか。」

・・・・・・となると、白馬も出てこないってワケだ。こりゃ、気が楽だな♪

 

昼休み。

快斗は誰もいない屋上の給水塔の上で寝転がって、新聞記事に目をやっていた。

と。

昇降口のドアが開いて、予期せぬ(いや、歓迎しないとでも言ったほうが正しいか)人物のご登場である。

 

「やぁ、黒羽君。やっぱりここにいたんですね?」

にっこりと笑顔を向けるその探偵でもあるクラス・メートに、快斗は嫌そうに眉を寄せた。

「・・・オレになんか用?」

新聞をバサバサとたたみながら、快斗は視線だけ白馬へ流す。
すると白馬は、君と話がしたくてね、と小さく笑って見せた。

 

「・・・それにしても、大使のご令嬢がビッグ・ジュエルを持って来日されるなんていう情報を、一体どこから仕入れたんだか。
まったく、怪盗キッドの情報網もあなどれませんね。」

・・・まぁね。お前なんかが出入りできるような場所じゃねーよ?

と、内心クスリと笑いながらも、快斗はきょとんとした表情を作る。

「へぇ?そうなんだ。新聞にはそこまでくわしく載ってないからな。」

「・・・だろうね。これは一部の関係者にしか知らされていないトップ・シークレットだからマスコミにはふせてあるんですよ。」

・・・なるほど。いつもだったらもっと派手に取り上げられるのに、今回控えめなのは
大使館側からの圧力もあんのかな?

「ふーん。けどさ、そんな極秘事項を、ただの民間人にバラしちゃっていいわけ?」

ニヤリと笑いながら、快斗は白馬の顔を覗く。
けれども、白馬の方もしっかりと快斗見据えて笑みを作った。

「・・・もちろん。僕だって、相手を誰だか心得て話しているつもりですよ?
こちらが不利になる情報を簡単に教えるほど、僕もお人よしではありませんからね。」

そう言って、その目を少し細める。
その顔は、明らかにキッドを見る探偵の顔だった。

 

いい加減、白馬がそうやって自分を当たり前のように、『キッド』扱いするのにも
慣れてきた快斗ではあるが。

・・・・・でも、やっぱコイツ疲れる・・・。

ふぅ〜と、重苦しく溜息をついた。

 

何を言っても聞かないこの堅物な探偵には、下手に抵抗をする方が体力を消耗する。
こういう場合は、相手にしない方が利口だと快斗は充分承知していた。

なので、早々に退散する事にする。

時間的にはそろそろ昼休みも終了に近い。

「よっと!」

掛け声とともに、快斗は軽やかに給水塔から飛び降りた。
そのまま、昇降口に向かい、ドアを開ける一歩手前で振り返る。

「・・・ところで今日の捕り物には、お前は参戦できねーんだろ?残念だったな。
ま、相手が大使館じゃ仕方ねーか。」

それだけ言うと、快斗は不敵な笑いを浮かべてドアを閉めた。

 

屋上には、残された白馬がただ一人。

閉められたドアを見つめて、微笑んでいた。
その顔は紛れも無く探偵の顔をして。

 

「・・・今夜、お会いできるのを楽しみにしていますよ?怪盗キッド。」

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

キッドの予告時間まで、あと残すところ僅か。

イギリス大使館の外壁の向こうは、日本警察の物々しい警備で騒然としていた。
内部の警備は許されないなら、せめて外側だけでも、と出動したのである。

「いいか〜〜っ!!絶対にヤツを逃がすな!!キッドが大使館から出た時が勝負だっっ!!」

メガホン片手に、中森警部が熱く激を飛ばした。

 

そうして、訪れた犯行予告時間。

けれども、外から見ているだけでは何も異常は見受けられなかった。

 

「・・・くっそ〜〜〜っ!!中では何が起こってるんだ?!キッドの奴が予告時間に現れないはずがない。もうとっくに現れてるに違いないんだ!!」

中森警部はその壁の向こうの建物を、いまいましく睨み付けていた。

 

 

さて、その頃。

キッドはすでに獲物の宝石を手に入れていた。

今回、派手な花火などの大仕掛けは遠慮させてもらったので、外部からは気づかれていないだろうが大使館内部の警備を霍乱するには、充分な手は打たせてもらっていた。

 

・・・いや〜。大使館ともなるとさすがに警備は厳しいね。
ま、オレの相手じゃないけどさ。

 

そう思いながら、キッドはその純白のマントを翻すと、手にした宝石にキスをした。

 

・・・・・・さて。

では、ここからが、本題。

 

キッドは、シルクハットを目深に被りなおすと、テラスの窓から外の景色をうかがった。
その目は、月光の光を帯びて強く輝いている。

キッドはまたどこかに潜んでいるだろう見えない敵へと、意識を集中していた。

 

そこへ。

いるはずのない人物が姿を現した。

 

!・・・は、白馬?!
何で、ここにいるんだよ?

 

キッドは僅かにその眼を見開く。が、その唇をつり上げて白馬を見つめた。

「・・・これはこれは、白馬探偵。一体どうやってここへいらしたんですか?
本日は確か、日本警察はお呼びではなかったはず・・・。」

すると、白馬は切れるような眼差しを返しながら言った。

「ええ、確かに。ですが、あいにくイギリス大使館にはちょっとしたコネがありまして。ご存知で無いかもしれませんが、僕はこれでもイギリス、ロンドンでは
少しは名の知れた探偵なんですよ?大使とも直々にお会いした事もありますしね。」

 

・・・そういえば。
コイツって、『ロンドン帰りの名探偵』ってのがうたい文句だったっけ。

 

「・・・なので、少しお願いしたら快く僕を入れてくださったんです。」

 

へぇ?自分だけ?
意外にちゃっかりしてんだな。外では中森警部がじだんだ踏んでるっていうのに。

「・・・ずいぶんとお顔が広いんですね?うらやましいことだ。」

言いながら、キッドは苦笑した。

 

・・・にしても、マズイ事になったな。・・・ここで白馬に出てこられるとなるとはね・・・。

・・・ったく、お前はタイミングの悪いっっ!!

 

窓の外ではおそらく例の組織の奴らが待ち伏せしていることだろう。

・・・仕方ない。白馬にはここでお休みしていただくとするか。
ほんとに、手間かけさせやがって・・・!!

 

キッドは仕込んである催眠スプレーに手を伸ばした。
すると、その手をとめるかのように、白馬が声をかけてきた。

 

「キッドっ!!君は・・・!君は一体何を探しているんだ?!何か目的を持っていることくらい僕にもわかっている。・・・だが、それは一体?!君が求めるビッグ・ジュエルにはどんな秘密が?!」

白馬の顔は真剣で、その声も必死な様子がうかがえた。
それは、単なる問いかけではなく、本当に真実を求めて止まない叫びだった。

キッドはただまっすぐと、白馬を見つめていた。
白馬もそれに答えるように見つめ返し、続ける。

「君が警察ではなく、謎の連中から命を狙われていることも知っている。
・・・それが君の持つ宝石を狙うものなのか、それとも最初から君の命を狙っていのかは、わからないが。でも、君のしていることが、命にまで関わるほど危険なことだということは、わかっている。なぜ、君はそれほどにまで・・・」

 

「白馬探偵!」

 

キッドの凛然たる声がフロアに響き渡り、白馬は言いかけた言葉を呑み込んだ。

 

「他人の事より、自分の心配をなさい。
私の命を狙うものがいることがわかっているなら、ここを迂闊には動かないことです。

私が外に出れば、おそらく奴らは発砲してくるでしょう。
大使館側に銃が向けられれば、もしかして外は銃撃戦になるかもしれない。」

 

「・・・そっ、そんなオドシ、僕には・・・」

言い返してきた白馬を、キッドは冷静に一瞥する。

「オドシ?私はいつだって本気ですよ。
もしここで、警視総監ご子息の貴方に、万一のことがあったら、どうなりますか?
大使館内での不祥事として、外交問題にも発展しかねない。それくらいのこと、おわかりですね?」

 

圧倒的なまでのキッドの言葉。

白馬は声も出ない。

 

沈黙してしまった白馬を見、キッドはその唇に美しい微笑を乗せた。

 

「結構。ご理解いただけたようですね。今日のところは退いてください。
・・・・・・外は漆黒の闇。・・・貴方が来れるようなところではありません。」

 

それだけ言うと、キッドはテラスの窓からふわりと闇の中へ掻き消えた。

 

白馬は動けない。

その足は縫い付けられたように、まるで動く事が出来なかったのだった。

 

窓の外には大きな月。

キッドが消えた窓のカーテンだけが、大きく風に揺れていた。

 

 

◆       ◆       ◆

 

 

結局、その日の獲物もパンドラではなく。

その晩のうちにきちんと宝石は大使館へと返却されることとなり、心配されていた例の組織側の攻撃も大使館内では行われなかったため、事無きを得た形で終わった。

 

翌日、江古田高校。

快斗は屋上で例のごとく惰眠を貪っていた。

 

ふと感じた人の気配に、パチリとその目を開ける。

 

屋上へ現れたその人物は、快斗の方へ視線を投げかけるだけで何も言おうとはしない。

快斗はしばらく空を見つめたままだった瞳を、彼の方へ向けた。

 

「・・・黒羽君、無事だったんですね?よかった・・・。」

目が合った白馬は心底安心したように穏やかに微笑んだ。
快斗は何も答えない。

「・・・君が闇へ消えてしまってから、僕は気が気でなかった・・・。あの場で動く事ができなかった自分をどうしても許せなくて。どうして君を一人で行かせてしまったんだろうと・・・。」

白馬はしぼり出すような声で、そう言った。
それを黙ってただ見つめていた快斗が、ようやく反応を返す。

「・・・はぁ?またわけのわかんないことを・・・。」

言ってんじゃねーよ!と、言おうとしたところで、白馬の声がそれに重なった。

「黒羽君っっ!!」

「・・・なっ、何だよ?!」

いつになく真剣な面持ちの白馬に、やや快斗は腰が引けるが。

 

「・・・・・・僕は、僕は君が行くところなら、どんな闇でもかまわない。
どこまでも君を追いかけていく覚悟は出来ている!」

 

まっすぐに向けられるその視線が、快斗を射る。
白馬の燐とした声が、屋上に響いた。

 

快斗はそんな白馬を完璧なポーカー・フェイスで見返していたが。

 

・・・やれやれ。
アレだけ言ってやっても、まだわかんねーのかよ、コイツは。

しかも本当に、このお坊ちゃんは、『闇』ってのがどんなもんだかわかってんのかね?

 

「・・・お前が何言ってるかはよくわかんねーけど。・・・ま、好きにすれば?オレには関係ないし。」

溜息をつきつつ、そう言うと白馬の横をスルリと通り抜ける。
背中に痛いほど、その視線を感じながらも。

 

さて、今後も自分に関わってきそうなこの探偵をどうしたものか。

 

・・・ったく、他にもいろいろ考えなくちゃならないこととか、山ほどあんのにさー。

 

厄介な問題がまた一つ増えたと思いながらも、快斗は確かに笑っていたのだった。

その顔は、白馬には見えなかったけれども。

 

 

 

◆ To Be Continued ◆



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突発的に書いた、新年最初の白快。
いや、なんとなく。快斗が無償に書きたくて・・・。
あんまり、話のないようは無いような気がしますが。
相変わらずな二人の関係だし。

でも、いいの。
こういうの、好きだから。(私が!!)

 

2002.01.05

 


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